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法華経についての質問です。譬喩品で舎利弗尊者に釈尊は授記を行いますが、どうし...

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ID非公開さん

2018/4/1900:51:59

法華経についての質問です。譬喩品で舎利弗尊者に釈尊は授記を行いますが、どうして如来に寿命があるのですか?その他の直弟子等の如来の授記も寿命があります。如来の寿命は無限ではないのでしょうか?

教えてください!

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ベストアンサーに選ばれた回答

comさん

2018/4/1915:51:45

授記には二種があります。化身の授記と法身の授記です。

化身の授記とは、如来寿量品以前の授記のことです。現象世界における成仏のことです。すべての現象は無常であり、因縁によって生じ、滅しますから、如来の寿命についても説かれました。

法身の授記とは、如来寿量品の後の授記のことです。分別功徳品第十七の冒頭で法身の授記がされています。途中を略してお伝えします。


爾の時に大会、仏の寿命の劫数長遠なること是の如くなるを説きたもうを聞いて、無量無辺阿僧祇の衆生大饒益を得つ。時に世尊、弥勒菩薩摩訶薩に告げたまわく、阿逸多、我是の如来の寿命長遠なるを説く時、六百八十万億那由他恒河沙の衆生無生法忍を得。~略~ 復一四天下微塵数の菩薩摩訶薩あって、一生に当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。復八世界微塵数の衆生あって、皆阿耨多羅三藐三菩提の心を発しつ。


訳---
その時に説法に集まった者たちは、如来の寿命が長遠であるという教説(如来寿量)を聞いて、無量の者たちは、大きな利益を得ました。そのときに世尊は、弥勒菩薩に告げました。「アジタ(弥勒)よ。私が如来の寿命が長遠であるという教えを説くことで、数多くの者たちが無生無滅の真理を知りました。~略~ そして多くの菩薩は最高の覚りを得ることが確定しました。また、多くの者たちは最高の覚りを求める心を起こしました」


このように如来寿量の教えを聞いた者たちは、無生無滅の真理(無生法忍)を得ることができ、「多くの菩薩たちは、最高の覚りを得ることが確定した」と授記されています。ここでは、現象世界での成仏ではなく、真実の世界での成仏が告げられていますので、仏の寿命や正法・像法の長さ、仏の名、浄土の名、時代の名は告げられていません。そのような時空は概念ですから、現象世界でしか通用しません。真実の世界は、一切の差別が無く、区別が無いのですから、分けて告げることはありません。


如来寿量品の後では、すべての概念は消滅します。しかし、仏は、概念の無いことを覚った上で、現象世界に住む人々を救うために、言葉(概念)を使います。譬喩品の段階では、舎利弗はまだ現象世界にいますから、釈尊は舎利弗に合わせて化身の授記を与えています。

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質問した人からのコメント

2018/4/26 00:13:55

回答ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

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ya2********さん

2018/4/2009:12:09

法華経寿量品の良医病子の譬えから考えると、
一つには、仏が常に存在すると、尊敬する心・求道心がなくなると解釈できるように思います。そのため、寿命があると考えられます。

また、正法像法年間に縁有る衆生が得度し、縁薄い衆生は、次に仏の御出現し正法時代になったとき、また生まれて、修行するのでしょう。

つまり、その後のことは寿量品に示されるように、永遠に繰り返します。つまり、寿命が尽きることはありません。
時々誤解があるのですが、
その事を寿量品では、菩薩の道を行じ悟りに至った報身仏の久遠を示しています。
(誤解とは、法身仏の久遠を示したとの勘違いです)

二つには、仏に縁のない末法の衆生を考えると、末法弘通の仏の出現を助ける働きもあると考えています。

つまり、釈尊は、末法の弘通を示すために、末法の仏(良医)のお遣いという立場でもあります。

fun********さん

2018/4/1907:35:31

阿弥陀如来の別名は無量寿佛ですから
阿弥陀如来の極楽浄土に往生できたら、無量寿佛に成れます

お釈迦様の弟子は阿弥陀如来の極楽浄土に往生できますから、寿命無量ですね

救いの佛としての使命が無くなる事だと思いますよ

救いの佛も、次々出てきますので

mai********さん

2018/4/1903:52:47

妙法蓮華経は28品ありますが、本門の従地湧出品第15から嘱累品第22の本門の本尊の南無妙法蓮華経です。3分の2以上が拝めません。譬喩品第3は南無妙法蓮華経では無くなってから500年くらい経ちます。矛盾していて尊くないので拝みません。気にしないで下さい。それを見つけ実行したのは旧本能寺を建立した日隆上人です。

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曹源慧能さん

2018/4/1903:35:56

如来には、法身、報身、応身の三身があります。三千年の昔インドにご出現になり、十九出家・三十成道・八十入滅された歴史上の釈尊を応身仏といいます。応身仏には、寿命があり、この世の教化が終わると、我々と同じように亡くなります。

しかし、亡くなっても、仏としてのいのちが消えたのではなく、永遠に生き続けるのです。これを法身仏といいます。

釈尊が亡くなった後も、授記によって仏の命脈が続いていきます。

清水大悟さん

2018/4/1902:54:32

日蓮正宗信徒の者です。
無限と永遠にして、
無始無終なのは、
【妙法蓮華経】と云う“法”です。
如来にも限りなく永遠の存在はあられても、永遠そのものではあり得ません。
それは如来にも、
必ず始まりがあるからです。
始まりの無いものだけが、
永遠なのです。

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