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浄土真宗の家はほぼ被差別部落だと聞いたのですが、本当でしょうか。

dul********さん

2018/5/816:26:31

浄土真宗の家はほぼ被差別部落だと聞いたのですが、本当でしょうか。

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u2n********さん

2018/5/1013:52:43

統計があれば明解ですが、無くともさすがに「浄土真宗に属する世帯」と「大半は被差別部落」は一致しないはずです。

ただ逆に「被差別地域の世帯で属している宗の割合」で「浄土真宗が多い」と言うのは有り得るかと思います。

平田篤胤が世評したと言われる説の「天子天台、公家真言、公方浄土、武士禅、日蓮乞食(商工人を含む?)、門徒それ以下」という言葉があります。
徳川江戸時代などの中世期の身分を階層化し制限した「士農工商」と同じように宗教についても階級制度を敷いてその上では門徒=浄土真宗は天子・公家・公方・武士・商人乞食以外の農業者から末端の民衆の受け皿にさせてきた政治手法と考えます。

ちなみに私が考えるに宗教信者の階層化差別化で「門徒それ以下」にされたのは中世では初めての「民衆が権力側に対抗打倒し民衆による政治をもたらした一向一揆」の歴史から徳川政権に警戒され弾圧されたと考えます。

質問した人からのコメント

2018/5/11 17:50:46

ご回答誠に有難うございました。

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aka********さん

2018/5/1017:47:14

一向一揆で戦国大名に敗れた村が差別されて、被差別部落の起源の内の一つになりました。が、浄土真宗がほぼ被差別部落だという事にはならないでしょう。

mok********さん

2018/5/1017:11:23

地域によりますね。

事実として江戸時代あたりまでは、被差別部落でも檀家として認めたのは浄土真宗のみですので、ほとんどの部落は浄土真宗です。

ただ、なぜか浄土真宗の家は被差別部落だ。と逆になってますね。

浄土真宗の門徒の数と部落の人口を比べたら浄土真宗の門徒の数の方が圧倒的に多いかと思いますよ。

余談ではありますが、被差別部落を檀家とする寺院の実態が、管理者である住職すらいない。名前ばかりのお寺であったりはしますけどね。

sei********さん

2018/5/920:57:19

浄土真宗門徒は、本願寺派、大谷派だけで、日本に1800万人おります。同和民の概数は、約300万人とされていますが、その六倍の規模の教団が、浄土真宗ということになります。
よって、浄土真宗イコール同和というのは、完全なる誤りです。
ただし、同和の宗旨の過半数を、浄土真宗、特に本願寺派が占めているのは事実です。(大谷派は少数派)
どんな下賤な者でも、弥陀のはからいで往生できるという優しい教えが、同和民に深く広く信仰されたのは当然の帰結といえるでしょう。

you********さん

2018/5/920:41:52

お釈迦さまも七高僧も親鸞聖人も身分の差別は一切しておられません。
なぜそうなるのか、
それは阿弥陀仏の本願には救う相手を「十方衆生」と約束しておられ
るからです。
弥陀の御眼からすれば貴賤、美醜、老若、男女みな平等です。

ちょっと背広ネクタイで買い物に行くと応対がガラリと変わる。
よれよれのしわだらけのシャツを着て出ると声を掛けても人は遠ざか
ってゆく。

阿弥陀仏の御眼からご覧になると全人類の赤裸々な実態が暴かれてい
ます。
十方衆生の真の相(すがた)は、
十悪とは、
貪欲、瞋恚、愚痴(意業で造る罪)
綺語、両舌、悪口、妄語(口業で造る罪)
殺生、偸盗、邪淫(身業で造る罪)

釈尊のお言葉にこんなのがあります。
「あらゆる人は、つねに淫猥らなことばかり考え、婦人の姿ばかりに
目を輝かせ、卑猥な行為を思いのままにしている。
我が妻を厭い憎んで、他の女をひそかにうかがって煩悶の絶えたこと
なく、愛欲の波は高く寄せかけ、寄せかけ、起つも坐るも、安らかで
ない」
あなたは如何ですか?

五逆罪…親殺しの罪/無間業…無間地獄へ堕とす業(行ない)
親鸞聖人のお言葉、
「親をそしるものを五逆のものと申すなり」と末灯鈔に書いてあります。

謗法罪…釈尊の真の仏法を謗る罪。
釈迦は一切経の結論である大無量寿経に「一向専念無量寿仏」とあり
ます。
一切の人々は「阿弥陀仏を一心に念じて、阿弥陀仏一仏に向かいな
さい」
それ以外に後生の一大事救われる道二つも三つも無し。と断言されてい
ます。

阿弥陀仏の本願の前にては、古今東西全人類はみな平等であります。

親鸞聖人は阿弥陀仏に救われられて仰った言葉は驚きです。
極重の悪人親鸞、愚禿親鸞、罪悪深重の親鸞、煩悩熾盛の親鸞
無慚無愧の親鸞、小慈小悲もない親鸞。

親鸞聖人、また、
「大信海をあんずれば、貴賤・緇素を選ばず、男女・老少をいわず、
造罪の多少を問わず、修行の久近を論ぜず」
意訳
貴いとか賤しいとか、僧侶とか俗人とか、男女、老少、罪の軽重、
善根の多少など、大信海の拒むものは何もない。完全自由な世界である。
と明言しておられる。

弥陀は「すべての人を平等に、絶対の幸福にして見せる」と誓ってお
られるのです。

一人一人過去世の業因まちまちですから貴賤、美醜、老若、男女など
差別ができます。
親鸞聖人は
阿弥陀仏の絶対の光明に照らし出された真実の自己の相を
『親鸞はさるべき業縁の催せば如何なる振る舞いもすべし』
意訳
「あのようなことだけは絶対しないと、言い切れない親鸞である」と
聖人の告白通り、如何なる振る舞いもする、巨悪を潜ませる潜在的残
虐者が、私であると言えるのではないでしょうか?

お釈迦さま在世中、一番お側でお釈迦さまのお世話をしていた阿難
(尊者)が托鉢中、喉が渇いたので井戸の水を汲んでいる下げすまされ
ていた首陀羅(バラモン階級の下位)の娘に水を所望した時、
娘は
「とても崇高なお方(仏教の僧侶はバラモン階級の上位に位置していた)
と直接話をしてはならぬ掟がございます。どうかお許し下さい」と述
べて引き下がろうとした時、阿難はかねてよりお釈迦さまからお聞きし
ていた通り「生まれながらにして貴賤はありません。お釈迦さまはすべ
ての人は仏法の教えからは、みな平等であると仰っています。どうか水
を頂きたい」と願い出て首陀羅の娘は感動したという話があります。

親鸞聖人のお言葉より人間というものの実態を以下に述べられました。
『凡夫というは無明・煩悩われらが身にみちみちて
欲も多く瞋り腹立ち嫉みねたむ心多くひまなくして臨終の一念にいたる
まで止まらず消えず絶えず』(一念多念証文)
古今東西全人類は生まれてから死ぬまで欲や怒り、愚痴の煩悩で地獄行
きのタネを造っているのだ。これが人間の実態なのだ。

これに例外に高貴な方、下げすまされる人はいますか?

『歎異抄』
「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じ
て「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益
にあずけしめたまうなり。(『歎異抄』第一章)
意訳
“すべての主上を救う”不思議な阿弥陀如来の誓願によって救われ、
疑いなく弥陀の浄土へ往く身となり、念仏称えようと思いたつ心の
おこるとき、摂め取って捨てられぬ絶対の幸福に生かされるのである。


『歎異抄第一章(その後)』
「弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知る
べし」
意訳
弥陀の救いには、老いも若きも善人も貧富美醜の区別はありません。
悪人も、一切の差別はない。ただ信心を肝要と知らねばならない。

「念仏称えたらだれでも極楽へ往ける、と教えたのが親鸞」という、
広く世に広まっている迷妄がある。

このお言葉は、その迷信をただすのみならず『歎異抄』全体を通じ
て数ある誤解をただす、限りなく重い聖人の発言と言っても決して
過言ではない。

参照:『歎異抄をひらく』より抜粋。

誤字あればお許しください。

uso********さん

2018/5/908:54:02

そのような例もありますが、違う場合もあります。またその関係の僧侶や寺がそういった地域に関係してるような情報も聞いておりますが、確認のしようがない話です。なお、大名や公家や皇族などの高貴な家が浄土真宗と密接な関係だったという例は、多くはないと言う情報もあるみたいですが、確かではないです。

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