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スタンダールの言葉で、「後悔を予見すれば、天秤にひとつの重みを置く」というも...

tum********さん

2018/6/1005:04:43

スタンダールの言葉で、「後悔を予見すれば、天秤にひとつの重みを置く」というものがありますが、どういう意味か教えてください。よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

tet********さん

2018/6/1213:51:06

この言葉は、「恋愛論」第五章の次の冒頭文に対するスタンダールの注記にあるものです。

「人間は、他のどんな可能な行為よりも、いっそう多くの快楽を与えることを行わずにはいられないものである。」

原注:良き教育とは、犯罪的見地よりすれば、後悔の念を起こさせることである。後悔の念は、予見されれば天秤の一方に重石をのせておく。

―スタンダール「恋愛論」(岩波文庫)上(前田堅訳)より


思うに、「重石」は、後悔の念のことであって、快楽に走るのを抑える役目を果たすもの、という意味です。

重石(後悔の念)がなければ、快楽は際限なく続き、エスカレートしていく可能性があるから、「後悔の念」を持たせるように教えるのが、良い教育と言っているのだと思います。

なお、この原注には、翻訳者の注が付されています。それは、

「人間が快楽の叫び声にのみ従うという人間の自由に関する説は、ベイリスムの根本的な金言であって、これはエルヴェシウスの原理から出てきたもので、この書物の各所に見られる思想である」

ここで、「ベイリスム」はよくわかりませんが、エルヴェシウスは、十八世紀に活躍したフランスの哲学者クロード=アドリアン・エルヴェシウスのことで、

<「コンディヤックの快苦原理を受け継ぎ」~、『人間論』で快楽論に基づきつつ名誉心を重視し、名誉心を媒介として、個人的欲望と公共福祉の調和を図る道徳論を主張した>(ウィキペディアより抜粋)した人物です。

エルヴェシウスは、『人間論』」のなかで、
<「快楽に対する愛と苦痛に対する嫌悪とをうみだし」その結果、快楽と苦痛が人間の内部に沈澱して自 らが結局は想起作用と感覚に還元できることから自己愛を形成する」と述べています。(論文「エルヴェシウスの「人間学」の構造」(西川長夫)より抜粋>

訳者注の「エルヴェシウスの原理」については、推測するしかないですが、快楽と苦痛に関するこのような考えに基づくものではないかと思われます。

スタンダールの「恋愛論」をきちんと読み込めば、より深く理解できるものと考えます。取り敢えず、杜撰ながらも私見を述べさせていただきました。せめてヒントにでもなれば幸いです。

質問した人からのコメント

2018/6/12 21:35:10

非常に勉強になりました。懇切丁寧に教えていただきまして、ありがとうございました。

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