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江戸時代、農村で名主や旗本の知行地になった時には、代官を勤めた、とある家につ...

sok********さん

2018/6/1819:57:22

江戸時代、農村で名主や旗本の知行地になった時には、代官を勤めた、とある家についてなのですが
二つのお寺に江戸時代からのお墓が供養塔があるみたいですが、そんなことあるんですか?(二つ

のお寺はその家の近所です)
その名主とかを勤めた家は一つ目のお寺には供養塔、お墓、二つ目のお寺には供養塔があるかは知りませんが、お墓があるらしいです
それと檀家制度では二つのお寺にお墓を持つことはいいんでしょうか?

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edo********さん

2018/6/1820:10:04

旗本は知行地に赴くことはなく、名主」(庄屋)にその管理を委任する場合が多かったようです。つまり庄屋が旗本の代官になるわけです。

檀家制度ではいずれかの寺の檀家になることを義務付けられていましたが、菩提寺が複数あっても問題ないと思います。徳川将軍家も増上寺と寛永寺が菩提寺です。大名家にもそのような例はあります。

質問した人からのコメント

2018/6/18 21:14:38

二ヶ所に墓地を所有していいんですね。だめなのかと思ってました
ありがとうございます

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