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空海が渡中する際に船が難破して違う場所に漂着した際に国書を失っていたが、空海...

gas********さん

2018/7/800:54:51

空海が渡中する際に船が難破して違う場所に漂着した際に国書を失っていたが、空海が国書を書き上げて中国の皇帝に提出して公式の国からの派遣者だと認められたそうですがその空海が書いた国書は中国に残っているので

しょうか?

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bin********さん

2018/7/1210:42:28

>空海が国書を書き上げて中国の皇帝に提出して

空海は国書を書き上げていません。当時の空海の身分は一留学僧であり、そのようなことの出来る立場にはありませんでした。空海らは漂着した福建省の地方庁で観察使から海賊と疑われますが、桓武天皇からの国書は第二船に保管されて、その第二船も漂流中で身分を証明できません。第一船には大使の藤原氏が乗船していて、自分たちの素性と目的をしたためて観察使に示しますが、観察使は内容を信用しません。途方にくれる大使に代わって空海が書いたのが嘆願書です。この空海の嘆願書により一行が日本からの使節団であると認められ、船を修理して長安までの旅を許されます。

>公式の国からの派遣者だと認められたそう

律令制度の中で観察使は令外の官であり、正式の官職ではありません。従ってあくまでも緊急の許可にすぎません。

>その空海が書いた国書は中国に残っているのでしょうか?

既述のとおり、国書ではなく一留学僧が書いた嘆願書であり、かつ受け取った側も律令制の正式の官職の立場ではない地方役人です。出先の役所に保管されていたとしても、事実は知りませんが、唐のその後の混乱期への突入の歴史を考えるとあったとしても散逸しているのではないでしょうか。あくまで空海の書は日本国の正式な書類ではありません。

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