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元横浜の石井琢朗が1999年に108打点も記録できたのは何故ですか?

kaw********さん

2018/7/1115:43:38

元横浜の石井琢朗が1999年に108打点も記録できたのは何故ですか?

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ray********さん

編集あり2018/7/1121:03:37

1999年に石井琢朗が記録したのは「108得点」であって、打点そのものは58打点とそこそこの数字です。
得点は「アウトになることなく、本塁へ生還した回数」であって、打点とは意味合いがまったく異なります。
(つまり、石井は108回ホームへ戻ってきたことになります。)


この年、ベイスターズのマシンガン打線は、シーズン打率.294の日本記録(当時)を樹立しており、前年のリーグ優勝時よりも打線としての成績は上でした。

ホームランではなく、ヒットで繋いで得点を重ねるという打線でしたから、1番打者だった石井が出塁すれば、自ずと得点の可能性は高くなります。
(実際、石井だけではなく上位打線に並んでいる選手の得点が高いことは数字に出ています。)

この当時、石井と波留が塁に出れば、打率の高かった鈴木とローズが打って本塁へ返すというパターンができあがっていましたからね。

1番・石井琢・・・108得点(58打点)
2番・波留・・・・95得点(70打点)
3番・鈴木尚・・・110得点(92打点)
4番・ローズ・・・93得点(153打点)
5番・駒田・・・・53得点(71打点)
6番・佐伯・・・・49得点(53打点)
7番・進藤・・・・38得点(43打点)
8番・谷繁・・・・55得点(51打点)

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tar********さん

2018/7/1115:47:57

何故ですか?って・・・
打ったからに決まってるじゃないですか

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