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大日蓮号外。 『私ども日蓮正宗の信仰をする僧俗は御法主上人に拝し奉るとき、...

寿限無さん

2018/8/612:56:34

大日蓮号外。

『私ども日蓮正宗の信仰をする僧俗は御法主上人に拝し奉るとき、御法主あそばされる大聖人以来の血脈の法体を、ひたすら合掌礼をもって拝るのです。

したがって御法主上人の御指南は、護持される法体の上から、大聖人の仏法を根源的な意義においてお説きあそばされるのであり、私どもは真摯な態度で拝聴することが大事なのです。つまり私どもは信伏随従して、御法主上人の御指南を拝すべきであり、そこにこそ本当の師弟相対の信心即身成仏の大直道があることを知らねばなりません』。宗教法人・日蓮正宗の代表役員、日蓮正宗の被包括法人・大石寺の代表役員、大石寺住職の全てを兼任する。このように日蓮正宗では、総本山大石寺法主・大石寺貫首(住職)、日蓮正宗管長、日蓮正宗代表役員が同一人であり、大石寺法主が絶大な権限を握る、実質的な封建絶対専政君主として、日蓮正宗の頂点に君臨している。法主信仰法主絶対が信仰の根本なのですね。法体というのは「右為現当二世造立如件 本門戒壇之 願主弥四郎国重敬白 法華講衆等 弘安二年十月十三日」の御本尊のことですよね。

御義口伝「常不軽品三十箇の大事 第十聞其所説皆信伏随從の事」に云く。
「信とは無疑曰信なり伏とは法華に帰伏するなり随とは心を法華経に移すなり従とは身を此の経に移すなり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は末法の不軽菩薩なり」(御書765頁)
【通解】信伏随従の信とは無疑曰信(疑い無きを信と曰う)の信であり、伏とは法華経に帰伏することである。随とは心を法華経即御本尊に移すことであり、従とは身を御本尊に移すことである。即ち、色心ともに御本尊に従い、実践することを随従という。所詮、今、日蓮大聖人及びその門下として南無妙法蓮華経と唱える者が、末法の不軽菩薩である。
質問は法主に信伏随従は御義口伝に逆らっているようにも思えるのですが、いかが解釈となるのでしょうか。

補足「S53・2・7 A面談 帝国H
一、戒旦の御本尊の件戒旦のは偽物である。種々の方法の筆跡鑑定の結果解った(字画判定)多分は法道院から奉納した日禅授与の本尊のお題目と花押を模写し、その他は時師か有師の頃の筆だ。日禅授与の本尊に模写の形跡が残っている」
当初は「河邉メモ」(昭和53年、大石寺教師であった河邉慈篤氏によって残された阿部日顕氏の発言とされるメモのこと)の信憑性を否定するために実際に弘安3年日禅授与本尊(注1)と弘安2年戒壇本尊との照合・解析を試みたことです。彼自身は日禅授与本尊と戒壇本尊との相貌は一致しないと想定、しかし中央主題の七字が見事に一致してしまい、犀角独歩氏自身の思想的前提が崩れてしまったことウェブで正直に告白しています。日禅授与本尊は真筆ですから戒壇本尊は真筆である。後世の作であること、も間違いないようですね。

日蓮正宗,信伏随従,大石寺,南無妙法蓮華経,御法主上人,法華経,御内証

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coo********さん

2018/8/905:01:03

要するに質問したいのは

>質問は法主に信伏随従は御義口伝に逆らっているようにも思えるのですが、いかが解釈となるのでしょうか。

だけなんだろう。
長々と、読むだけで疲れた。

前の質問してたのをみるとこんなのがあった。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q141508719...

それも参考にすると良いかもしれない。

ようするにさ、信伏随従は御義口伝の解釈から考えるなら地湧の菩薩なら法華経に信伏随従するだろう、ということ。

だから要点はここ。
日蓮正宗の僧侶が法華経に説かれている地湧の菩薩と言えるのかどうかだけ。法主の御内証がどうのこうのなんて法華経には書かれてないことだから世俗の関係から考えてみりゃいいだけで法華経にはなんの関係もない話だ。それをさも法華経に関係するような紛らわしいことを言うから話がややこしくなっているだけのこと。

日蓮正宗は法主の御内証とやらを通して法華経に帰依しているわけだから、御内証がどんなもんだかそんなことどうでもいいけど、大事なのは僧侶がきちんと法華経に帰依して地湧の菩薩としての自覚があるか、それともないのかだけを考えればいい。
もし僧侶が法華経に説かれている地湧の菩薩の自覚があって、それを法華講の信者が認めて納得してるなら、まあそれはそれでありなんだろう。

なんにしても法主の御内証なんてのは日蓮正宗にだけしか通用しない御内証なんだから普遍性のあるもんじゃないってことは確かだからね。

それに対して法華経に説かれてる地湧の菩薩の意義は普遍性があるから日蓮正宗だろうが創価学会だろうが日蓮宗だろうが、それ以外の誰であっても法華経を信じて地湧の菩薩の振る舞いをするものは地湧の菩薩になれる。つまり普遍性があるものなんだ。

どうしてそうはっきり言えるのかその根拠を書く。
まだ日蓮系の仏法がまったくこの世に存在しなかった時、一番初めに民衆のためを思って題目を唱えたのは誰だっけ?

そう日蓮大聖人だ。
日蓮大聖人はみんな地湧の菩薩だと理解し信じてもいるはずだ、どうしてか?
それは日蓮大聖人がそういう自覚をもって自ら題目を唱えたから。つまり地湧の菩薩というのは自覚をもって題目を唱える人のなかにある菩薩だということ。だから自覚をもってるかどうかが大事なわけ。自覚する人だけが唱えられる題目、それが地湧の菩薩の唱える題目、つまり南無妙法蓮華経なわけだ。だから法華経の題目は基本的に誰かから継承されて伝えられる性質のものじゃなく、各自の自覚から出発する以外に唱えられない題目なんだ。


だから日蓮大聖人には誰かから御内証をうけとってどうしたこうしたなんてことはない。御内証を継承していない日蓮大聖人は、じゃあ、ニセの仏だと言えるか?
この御内証っていったい何なんだろうかね。

この御内証があるから正しく唯一正統なのだということになると、自覚もなく題目を唱えても、御内証を継承しているからすごいんだぞ、となると、これはもう法華経じゃない。外道の言い分としか言えなくなる。だから御内証なんてのは法華経には全然関係のない世俗のことにすぎないって言うんだよ。

これを法華経の側から言うと、御内証ってのはその人一代限りで誰にも継承なんてできるもんじゃないってことになる。すべては自覚の上に成り立つ論理なのだから。

もし法華経が自覚の上に成り立つ論理でないとしたら、法華経は何を説いたお経なんだ?
御内証を解き明かした、ありがた~~~~いお経でございます。皆様、どうか御内証をよろしくお願いいたします。皆様の自覚などどうでもよろしいのです。御法主様の御内証が皆様を幸福にしてくださるのです。仏にしてくださるのです。罪障を諸滅してくださるのです。皆様の法華経への自覚は無用です。日蓮正宗にご入信ぁ遊ばされた方は、御法主様のお力によりみな成仏いたすのですぞ。さあ、皆さまこぞって日蓮正宗のありがたい御内証を拝んでくださいまし。それが日蓮正宗の究極の信仰でございます。

そしてその御内証はなんと法華経を超えた教えであるのです。
どうです、すごいでしょう。仏教の教えも超えてしまった神秘の大仏法なのです。

日蓮大聖人はそう言ってませんけどね。
法華経への帰依を勧めています。
だから日蓮正宗は、あ・や・し・い。

  • 質問者

    寿限無さん

    2018/8/908:55:13

    回答ありがとうございます!創価学会が破門になった時から、時の法主に信伏随従は強い関心を持っています。その中で在家風情とか、僧が上で俗が下という厳然とした差別は存在する・藤本宗鑑(当時)。所化と雖も俗とは同座はさせず。あるいは形木本尊は暫定信者用、常住本尊は本檀信徒用という差別があることも知った。日蓮正宗って信者が増えてもそのほとんどは暫定信者なんですね。平成三年会社の同僚とほとんど同時に、私は父親片方は母親を亡くしています。葬儀は二人とも日蓮正宗でと話し合って決めました。僧侶は若くしてお寺を任され結婚したてでした。だから多少、生、なところはあるのでしょうが、その後の塔婆供養までの中で創価学会を選択した、という次第ですが、法主に信伏随従は今後も関心をもって、信じる者は騙されるのか救われるのか、見ていきたい。

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kur********さん

2018/8/707:09:31

ぐだぐだいってないで選挙いけ

ノミノさん

2018/8/621:44:56

御法主さんは誰なんですか?

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清水大悟さん

2018/8/617:54:08

仏教は『三宝帰依』が原則であり、
日蓮仏法は『三宝一体』。
以上。

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shi********さん

2018/8/615:47:04

なんかゴチャゴチャ書いていて
その隙間隙間に「すりかえ」や
よむ人への「すりこみ」がありますね。

つまり
「大日蓮号外」の文章と、

その「感想」
がすでに、突っ込みどころ満載で、

さらに添付は、まったく関係ない
むしろ「感想」を正当化しようとするための「イメージ」でしかない。


こういう「感想」や「イメージ」でゆがめてしまっているので、
『御義口伝』と「血脈相承」とを理解することが出来ないのでしょう。

tea********さん

2018/8/613:25:49

日顕宗がどの様な、解釈、論法を主張しようとも、現実が公認、
認識しない。オカルト思考は猛説と断ずる。

大石寺の歴史を列挙すれば、現実を無視し、こじつけで、秘伝
を創り挙げる。

法主の座をクーデターや、追い落とし、画策で乗っ取り、権力
の座に就いた歴代法主は多い。
戦後間もなく、当時の法主〔日恭〕は大火と共に、焼死した。
〔血脈相承〕は突然、途絶えたのだ。にも関わらず、こじつけ
で、〔血脈相承〕の伝統を続けている。

御本仏は日蓮大聖人、只1人だけで有る。
時の管長・法主が現代の御本仏=定義するのが異常で有る。
まして、上からの命令、押し付けで、信服随従など有り得ない。
崇拝・尊敬する程の人格者、偉人の法主など出合っていない。

近年は特に〔人〕とも思えない、変人、異常者の2人で有る。
〔日顕〕〔日如〕

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