ここから本文です

坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された時坂本龍馬はほぼ即死。中岡慎太郎は2日後に亡く...

isa********さん

2018/8/807:32:15

坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された時坂本龍馬はほぼ即死。中岡慎太郎は2日後に亡くなった。その時中岡慎太郎は坂本龍馬の最後の声で「もう脳がダメじゃ」みたいな事を言ったらしいですが本当なんでしょうか。坂本龍

馬は即死状態で話す事などできるのですか?
中岡慎太郎は意識が朦朧とする中2日間生きていたのに喋る気力などあったのでしょうか。
そういう体関係の事とか分かる方回答お願いします。

閲覧数:
2,032
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

col********さん

2018/8/820:22:45

即死=瞬間死ではありません。傷を負ってから1時間後ぐらいに出血多量などで死亡した場合でも即死といいます。龍馬はまさにそうだったので、特に不思議な話ではありません。

近江屋の近所に宿をとっていた海援隊の宮地彦三郎は「ただ今近江屋へ刺客襲来して坂本、中岡両隊長を殪せりとの急報に接し、驚き馳せて近江屋へ至れば~」と、さほど時を置かずに近江屋へ駆けつけたところ、龍馬はまだ息があり「一言、二言ばかり話して間もなく息絶え」たと証言しています。

一方の中岡慎太郎は、同志たちが次々と駆けつけたあともしばらくは意識がはっきりしていたとする証言がいくつもあるので、しばらくは普通に会話が出来る状態だったのでしょう。中岡の場合、頭部に大きな傷を負わなかった事が会話が出来るほど意識がはっきりしていた要因として考えられます。

とは言え、無理に会話を続けてしまった事が命を縮める直接の原因となってしまったのではないかと思われます。

  • この返信は取り消されました。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2018/8/14 21:07:08

ありがとうございます。とても勉強になりました

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

yos********さん

2018/8/1217:39:30

中岡が聞いたという話です。
「脳がダメ」というのはフグ毒が回ってもうダメという意味です。

毒を盛ったのは中岡です。

中岡は反撃にあって片腕がほぼ切断状態でしたが命に別状はありません。
2日後に死んだのは口封じです。

ken********さん

2018/8/900:24:57

体関係の事は分かりませんが…

中岡の妻の里である利岡家には、現場に駆け付けた同志の一人からの、中岡・坂本の遭難を報じる手紙が残されています。中岡の死の九日後に書かれたものです。
「夜迄ハ余程たしか二て、小子参りたる時藤本先生が大事ハ去ツたりと云り、其後噺もありて力あり十七日二ハちと妄語ヲ仕たり。午時過死たり。十一月廿六日 源七」

また、高松太郎(龍馬の甥)が土佐の坂本家に、龍馬の死のことを知らせた手紙にも、
「石川氏は十七日に落命。皆が問うてもただ敵を知らずということでした」とあり、これら事件直後に書かれた二人の遭難を報じる遺族宛の手紙には、中岡は持ち直し一時は仲間と会話が出来たとあります。

あと、暗殺間際の龍馬が最後に頼った土佐藩の徒目付・樋口真吉(明治3年死去)の事件当時の日記には、龍馬が立ち上がり中岡と言葉を交わした様子が記されています。樋口の下宿は近江屋から数百メートル、徒目付という役職上、関係者から状況を聞き取り書き残したものと思われ、明治期に入ってからの口述禄の類ではありません。

全くの嘘とも思えませんね。

ket********さん

2018/8/811:03:06

https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E9%BE%8D%E9%A6%AC...
これは谷干城が今井を売名だと罵った当時の記録です。
多くの資料に触れていれば、自然と感覚も研ぎ澄まされて行くものです。
今はインターネットでデジタルコレクションも閲覧出来るんでね。
浅はかでしかない頭で、同時代人の話を否定するなら、万人を納得させる説得力がないとな。笑

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ail********さん

2018/8/809:06:45

小説の話と明治17年以降の作り話です。
同夜駆け付けた7人、翌朝駆け付けた1人などの記録残っています。
①龍馬前頭部から脳漿飛び出して、医者呼んだり、立ったりは出来ません。
駆け付けた時絶命、暫く息有った、翌朝まで息有った。
②慎太郎の話は田中光顕が聞き取った話とされ、2日ご息切れたのは共通してます。
後頭部やられたのが半分です。出血多量の意識混濁した状態では呻く程度でしょう。
龍馬が受けた3太刀を慎太郎が喋っています、自分も同時に襲われているので、慎太郎の話自体田中光顕の創作でしょう。尚、焼オニギリ食いたいと言うのは明治30年頃に初めて登場する話です。
かつて医者から聞いた話です。

leo********さん

2018/8/807:42:35

歴史の美談は嘘が多いですよ。
確かめようがないので、
嘘でしょう。

証拠がないものは事実認定が難しいと思ったほうがいいでしょう。


証拠がないのをいいことに

美談仕掛け
ドラマ仕掛けにする
ライターが多いんですよ。


そもそも、坂本竜馬自体
司馬遼太郎の
「竜馬が行く」という
架空小説で脚光を浴びた人間で、
司馬遼太郎は小説家で、歴史家ではありませんからね。
ほとんどの日本人は
小説家と歴史家をほぼ混同して
事実と虚構が混じった
ファンタジー的な歴史観を持っていますよね。

坂本は、
戦後に有名になった不思議な人ですよね。

蛇足ですが

日本の歴史は

①織田、豊臣、徳川の戦国時代

②幕末

この二つしか、
歴史書を書いても
小説を書いても
ドラマでも映画でも
まったく売れないそうです。

したがって、
この二つの時代に関しては
他の時代より
面白おかしく書くことが
極めて多いようです。

私個人は、蘇我家の繁栄と滅亡に興味があるんですが、
日本書紀にヒールで登場する蘇我家は
日本人の興味をひかないようですね。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる