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讃岐松平家の初代松平頼重は、徳川家康の11男徳川頼房の長男ですが特別な事情から...

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ID非公開さん

2018/9/1616:57:59

讃岐松平家の初代松平頼重は、徳川家康の11男徳川頼房の長男ですが特別な事情から水戸家を告げずに讃岐高松12万石の城主に成りました。

地方の一城主の若い松平頼重が、格式の高い溜之間に入るには勇気が必要だったと思うのですが。

将軍の弟や普代大名筆頭更に京都所司代や大阪城代が、控える伺行席に入るのに父親の頼房は同行したのでしょうか?

松平頼重は、徳川頼房の長男だからと他の大名から特別な扱いをしてもらえたのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

axy********さん

2018/9/1811:59:56

伺行席は水戸宰相が江戸城大廊下上席、松平讃岐守は溜詰常溜で別々の場所
2代将軍徳川秀忠のご落胤会津松平藩や井伊家と同格だけどね。

大廊下-上席
尾張中納言(尾張徳川家)、紀伊中納言(紀州徳川家)、水戸宰相(水戸徳川家)、甲府宰相(甲府徳川家) 、館林宰相(館林徳川家) など
大廊下-下席
松平加賀宰相(前田家) 、松平越前守(福井松平家 )、松平左兵衛督(鷹司松平家・紀伊家連枝) 、松平越後守(越前松平家)、津軽越中守(津軽家)など
大広間席
松平薩摩守(島津家)、松平陸奥守(伊達家) 、伊達遠江守(伊達家(伊予宇和島)) 細川越中守(細川家) 、松平長門守(毛利家) 、上杉弾正大弼(上杉家)、 松平相模守(池田家)、丹羽左京大夫(丹羽家) 、南部大膳大夫(南部家) など
溜詰-常溜
井伊掃部頭(井伊家)、 松平肥後守(会津松平家)、松平讃岐守(高松松平家)

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質問した人からのコメント

2018/9/18 12:25:05

早速のご回答ありがとうございます。

やはり伺候席が違えば同行は有り得ないんですね。

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