勉強をする意義について #長文です#

勉強をする意義について #長文です# 自分は今高校生ですが勉強する意義がよくわかりません。 これは大人に聞いても殆ど答えられないと思われる難問だと思います。 正確な答えもあるわけではない、数学に比べればはるかに難しいです。 ここでは特に将来必要無いと思われる教科について質問です。 たとえば、自分は文系で、将来は弁護士になりたいと思っています。 ですが、おそらく弁護士になったとしても数学は殆ど使わないと思います。 中学2年程度までの知識で一生数学に関しては恥じらい無く生きていけると思っています。 ましてや化学なんて今後一切(将来子供が出来たとき以外は)耳にしないと思います。 ですが一般教養として学校では必修科目になっています。その意味がわからないです。 最初から弁護士だったら弁護士、医者だった医者、検察官だったら検察官の必要な科目だけを勉強すればいいと思います。 その方が一生をもっと有意義に過ごせると思います。 つまり職業に必要とされる高校までの知識を義務教育から全部決めるのです。 簡単に言えば、弁護士志望の人は弁護士学校みたいなとこ、医者志望だったら医師学校みたいな感じでそれ専門の学校を作り、それを全職業について法律で決めて(その職業にはどの教科が必要か等)小学校からそこに入学させるということです。 将来使わないものはやる必要が無いということです。 なので、なぜ日本では将来必要ない教科を勉強しているのかを教えてください。 自分の予想も書いておきます。 小学生から将来のことを考えてる人はまずいない。1000人に1人いるかいないか。 それに弁護士や医者を知っていても検察官などは知らない人が殆どだと思います。 また知っていてもそれがどういうもの釜では知らないと思います。 だからいろいろなジャンルを勉強して職業に対する視野を広げ、自分に一番あった職業(時には志望<実力)につけばいいということ。 もう一つは、仮にリストラや諸々の事情により職業を変えなければならないと思ったときに、職業を選べないとしたら高校で習った知識は少なくとも武器になるから。 つまり最悪のことも考えていろいろな事を知っておいたほうがいいということ。 これが思い当たりました。 ですがほかの方の意見もぜひ聞かせていただきたいと思います。 わかりづらい質問で申し訳ないですが、よろしくお願いします。

補足

多少字の間違いがあります。 気にしないでください。

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高校生はそうのに陥りがちですよねw 私も同じ状況になり、成績全然よくなくて浪人してしまいました。 しかし、今では将来必要ない教科など存在しないと思っています。 理解もしていない、使い方や利用法も知らないのに何故必要ないと断言できるのでしょうか。 道具というものはその使い方や原理を知って初めて価値が生まれるのです。 もし中学二年程度の知識で恥じらいなく生きていけるとしたら、それはその程度の地位の人生ということです。 弁護士ともあろう地位の人になるとそれは通用しないと思いますよ。 弁護士は当然企業相手にも仕事をするのですから、その企業が製造業だったらどうするのですか。 今の時代は幅広い知識を持つ人が優遇されます。 「この職業はこの知識が必要」という枠組みは消えているのです。 かといってヤル気ないのに勉強しても仕方ありません。 そんな場合はヤル気ある強化はとことん勉強して他は最低平均点って感じでもいいと思いますよ。

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その他の回答(8件)

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whitesnowman10kiraさんの大意には賛成する 教養は確かに必要だが学ばせ方がちとおかしい 一例として 大学入試の理系タイプのセンター試験を受けたことがあるんだが 自分の受けた学科は理系な学科で物理と数学メインなのだが 物理の配点が100点で古典の配点も同じ100点だった つまりセンター試験の比重としては 物理=古典 としてあつかわれる 同様に文系の人の文系の学科をうけた友人も100点満点の生物学を受けていた 文系も古典は同じ100点でさらに文理両方200点満点の数学を受ける もちろん自分は古典も必要なのは授業をうけて重々わかっているし常識もひつよう しかし考えてほしい ひねもす という古文単語の意味ははたして常識か? おそろしなんどもおろかなり を当然のように訳せたらすごいとは思われないだろうか? これらと 源氏物語を書いたのは紫式部である という知識は同じレベルだろうか? ここまで過度だともはや教養のレベルではない 当時高校なんだしもうちょっと自分の意とした分野に特化させてもいいと思った たしかにTVとかで最近のおばかタレントなどみてるとかなり教養の大切さは分かるが もうちょっとうまくできないかと思う その顕著な例で 最近ノーベル賞ラッシュなどと報道があるがこれは恥ずかしいことで日本の人口当たりのノーベル賞は欧米諸国に比べ異常に少ない 知り合いの人が 日本には秀才は多いが天才はすくないらしい といっていたほど つまり弱点を伸ばすよりも長所をさらに磨きをかけるほうがさまざまな意味でよくなると思う 分野を専門化するのは高校ぐらいで高校生の間までは授業と定期テストぐらいはすべきだが入試においては専門外のテストはする必要がないと 大学なんてもってのほか これくらいやると少しは変わってくるとおもう

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まぁ、質問者が自分で答えだしてる気はしますが・・ >小学生から将来のことを考えてる人はまずいない。1000人に1人いるかいないか。 結局はそこじゃないでしょうかね? それに例えば弁護士を小学生の頃から目指したとしましょう。 もし他にやりたいこと見つかった場合は? 弁護士の知識・・・法律関係にはやたら詳しいけど掛け算できない人だったら? まぁ、結局学校での勉強の大半は使わないでしょうね。 某クイズ番組にでも出演できたら知識あれば1000万もらえるかもですが。 結局理由としては質問者自身が答えてる通り色んな知識を 覚えられるうちに取り込んでいこう!ってのが本質ではないですかね? あとは勉強する習慣をつけるのも大切な一つの意味だと思いますね。 極端ですが夢が見つかるまで一切勉強せずに夢(弁護士)が見つかり さぁ、勉強するぞ!と思っても中々進まないでしょうしね。

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質問者さまは、数学が得意でなく、数学が成績の足を引っ張っているとみました。 今から、将来のことを考えているのは、立派です。 でも、実際、弁護士になる人は、数学が得意な人が多いと思いますよ。 なぜなら、弁護士になるにも、弁護士業務にも、論理的な思考力が要求されるからです。 私も、高校生のときには、医者になろうと思っていました。 結局、違う道に進みましたが。 成績が足りなかったからではありません(笑い)。 他に、なりたいものができたからです。 十代では、いろいろなことに、挑戦して、学ぶのがいいと思います、 自分の適性、能力の方向などは、自分でもなかなかわからないものです。

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何十年も前のことで、今の大学はどうだか知りませんが、私は文系に進んだのに、大学の初めの2年は一般教養課程というので、自然科学系の「物理』「化学」「生物」などの単位の取得が必修でした。当時は試験をクリアーするのに自分の専門の科目より膨大な時間を費やして勉強しなくてはならなくて、とても恨めしく思ったものでした。 しかし、そのとき得た知識やものの考え方などは今思えば、すごく人生を豊かにしていてくれると思います。 高校以上で興味がないと思っている科目も、今は勉強が苦痛だと思いますが、必ず、人生の足しになって無駄にはならないでしょう。