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江戸時代までは庶民には先祖代々之墓なんてないしそのもっと昔の中世以前は亡骸だ...

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ID非公開さん

2018/10/2818:03:25

江戸時代までは庶民には先祖代々之墓なんてないしそのもっと昔の中世以前は亡骸だって一般民は葬送地に放置、葬送や回忌に僧侶を呼ぶなんて特権階級にしかできないものなので、

先祖供養という考え方はすごく緩かったはず、というのは本当ですか?

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ihi********さん

2018/10/3005:02:12

宗教的な先祖供養と言うよりは、昔は家柄が大切にされてきましたので、一族の歴史でもある代々の家譜(過去帳)は大切にされていました。庶民の定義が曖昧ですが、江戸期の農村部、都市部の寺院過去帳を見る限りは、庶民も戒名を授かってますし、先祖供養と言う考え方が「緩い」とまで言い切れるのかな?とは思います。

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urg********さん

2018/10/2911:59:21

そもそも、インドの仏教では墓を作らないし先祖供養をしませんね。
日本の仏教が仏壇に位牌を置き、回忌をし、先祖供養をするのは儒教の影響ですね。江戸時代より前、鎌倉だの平安だのに時代に庶民にどれだけ儒教が浸透していたかは、はなはだ疑問。
ですが一方、素朴なシャーマニズムのような祖霊崇拝は強かったのではないかと?
モンゴル人は墓を作りませんが、先祖の霊があることは否定しませんし、最近はシャーマンに先祖の霊を呼び出してもらうのが大流行だとか。
ですから、墓を作らない、回忌をしないから先祖の霊を敬う考えがないとはいえませんね。霊の祀り方の違いだけかもしれません。

kor********さん

2018/10/2911:34:10

生活が豊かになり、余裕ができたので庶民層の祖霊祭祀の方法も富裕層的に変化しただけであって、祭祀のそのものは行われていました
それが共同体全体の行事としての祖霊を祭祀するやり方から、個々の祖霊祭祀へと変化したんですよ
(過去の祭祀にはそれこそ、命がけの方法や厳重な禁忌などとてもじゃないですが緩いものではありません。逆に仏教儀式化によって、そのような祭祀が緩和されたりもします)

いうなれば、「昔は医者にかかるのは特権階級だけだったから、庶民は病気やケガなんて気にしていなかった」なんて論調はおかしいでしょ
生活の変化で方法が変わったまでです

kin********さん

2018/10/2818:46:53

先祖が存在したことは明白だし、土饅頭に埋めたことも知っていますよ。

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