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●仏教における「煩悩」と「集団心理」について質問させてください。 以下、...

yao********さん

2018/11/1010:24:30

●仏教における「煩悩」と「集団心理」について質問させてください。



以下、カラパイア2014年6月21の記事より引用。

*********
http://karapaia.com/archives/52166200.html

社会心理学では、人は集団となると思考停止状態に陥り、自分の考えや行動などを深くかえりみることなく無意識のうちにいじめや暴力に加担してしまうことがあり、これを集団心理と呼んでいる。

今回、米マサチューセッツ工科大学(MIT)、カリフォルニア大学バークレー校、カーネギーメロン大学の合同研究チームが脳のMRIスキャンによりこれを裏付ける脳の働きを発見した。

それによると、人間は集団の一員として行動している時、脳の「倫理」と「内省」に関係する領域の活動が弱まることがわかったという。※1(※1の番号は私が付加、引用ここまで)
**********


1970年代に著名な漫才師が「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というネタを流行させましたが、それが科学的に証明されたようです(笑)。


で、私は※1のような人間の特性というか弱点を聞いて、仏教の「煩悩」という言葉を思い出したので、「煩悩」を調べてみました。

すると「煩悩」は通俗的な108だけではなく、8000とかの説もあり、素人が簡単には理解できないものも含むようです。・・・ですので、これもさわりだけにしておきますね。


煩悩(終活ラボより引用)**********
https://syukatsulabo.jp/article/336

仏教では、煩悩とは「人間の心身を乱し悩ませ、悟りに至る道を妨げる心の働き※2」と説明されています(門賀未央子,岩崎真美子『史上最強 図解 仏教入門』ナツメ社,2010年 pp,230)。

もとの意味は心の働きですから、私たちがふだん使っている言葉よりも広い事柄を指しています。

おごりたかぶる心や執着する心といったネガティブな感情も煩悩に含まれるようです。※2(※2の番号は私が付加、引用ここまで)
**********


これらを見ると、素人としては※1のような人間の特性というか弱点というかは、※2の煩悩の仲間であるような気がします。


●ここでようやく質問なのですが、仏教の中では※1のような心の働きは「煩悩」の中に含まれているのでしょうか?

仏教を学ばれている方、よろしくお願いします。


批判や議論をふっかける意図はありませんので。

補足スミマセン、質問文をもうちょいしぼり込みます。

「※1の心の働きが煩悩の仲間であったとしたら、その『集団となると』という前提条件にフィットした概念の煩悩はあるのでしょうか?」

集団を形成する性質を持った人間の、その場面特有の心の働きという意味で、独立した概念として取り扱うことが可能だと思いましたので。

フィットしそうなものがあれば教えてください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

har********さん

2018/11/1020:04:43

ないんじゃないかなあ。

  • 質問者

    yao********さん

    2018/11/1023:31:47

    回答ありがとうございます。


    あ、すごい直球が来ちゃった(笑)。


    基本的には2千数百年前のインドで構築された概念が、現代で意識されている概念とジャストフィットするのは難しいかな、とは思います。

    さらに仏教は権力と距離をとる場合が多かったのようですので、集団や統治について積極的に語ることが少なかったのでは?

    ・・・もちろん国の治め方とか語ってはいるんですが。


    考えすぎでしょうか?

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質問した人からのコメント

2018/11/16 10:45:53

英語で「牛」にはCow・Ox・Bullなどと個別の呼称がたくさんありますが、日本語には「牛」のひとつです。

その文化での対象への関心の高さによって、言葉は個別性が高くなったり低くなったりします。

>在家は五戒だけ
>探求者は集団にはいない
>悟れば集団心理には巻き込まれない

個人の内面にアプローチする仏教では、集団に注目する必要は低いのでしょうね。

ha***さんの回答がスッキリBAです!

ベストアンサー以外の回答

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sai********さん

2018/11/1307:52:30

世は常に燃えている。
貪りと瞋りと愚かさの火に燃えている。
以上集団という煩悩の大火。

集団の煩悩に対しての結論

この火の宅から、一刻も早く逃げ出さなければならない。

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thu********さん

2018/11/1302:21:33

煩悩とは欲求なので※1の状態のときにどのような欲求があるのかを知る必要があります。
そこで、欲求といえばマズローです。

※1の状態をマズローの欲求5段階説にあてはめてみます。
前提が集団なので当然ながら「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」は満たされていることになります。「所属と愛の欲求」についてはそれを確固たるものとする途上かも知れませんが、「所属と愛の欲求」を確固たるものとするための「承認の欲求」だと私は考えます。

ですから※1のときに考えられる欲求は「承認の欲求」か「自己実現の欲求」になります。
ですが、集団なので両方の欲求を持つ者が混在していると考えられます。

この二つの欲求を煩悩にあてはめるならば貪欲(とんよく)が相応しいように思います。
108ある煩悩の中でも特に私たちを苦しめる三つの煩悩を「三毒の煩悩」といいますが、その中の一つです。

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san********さん

2018/11/1014:30:34

仏教では人間が集団を形成する傾向があること、集団の中である種の心理状態に陥り安いことなどについて特別に問題視してはいません。

仏教では煩悩は大きく三毒(貪・瞋・癡=貪欲・怒り・愚かさ)に大別され、この根本的な煩悩が様々なバリエーションとなって現れるわけですが、集団というのは煩悩そのものではなく、煩悩を生起させる「因」(hetu 直接原因)、もしくは「縁」(pratyaya 間接原因)でしかありません。
煩悩を引き出す因縁は無数にありますし、仏教が問題視するのはそれらを分類したり分析したりすることではなく、煩悩が因縁によって生じるというメカニズムなのです。
このメカニズムが分かることによって、煩悩が一時的な現象にすぎず執着する甲斐のないものだということがわかります。煩悩に執着しないのであれば、それを生じさせた因縁もどうでも良いと言うことになります。(宝石を見て貪欲・物欲が生じたとしても、一時的なものだと無視できるのであれば因縁である宝石の存在も無視できます。)

余談ですが、そもそも集団心理という概念自体がわたしには眉唾なものに思えます。「倫理」と「内省」が失われがちなのは集団の中にあるときだけでしょうか。むしろ孤独が人を悪行に駆り立てるということも大いにあると思うのですが…。

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san********さん

2018/11/1011:45:32

それを愚痴といいます。
日常用語の愚痴とは意味が違いますので
お調べになってみてください。

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tub********さん

2018/11/1011:05:36

>仏教では、煩悩とは「人間の心身を乱し悩ませ、悟りに至る道を妨げる
心の働き※2」と説明されています

この思考、考え方には反論します。煩悩は本然的、根本的に具わっている
のです。煩悩を離れ、或いは滅し、消滅させる=不可能です。
維摩経には「煩悩即菩提」が説かれ、煩悩を菩提へ転化しなさいと教えて
います。
煩悩「欲望」は、苦悩を伴いますが、「人」を成長させ、人格を磨く原因
・要因でも有るのです。欲望を断絶するなら、人では有りません。
欲望が有るから、忍耐も努力も積み重ねも有り、向上するのです。
欲が無いなら、生きる屍、植物状態の意識も無い人ですよ。

成仏=元品の法性です。煩悩=元品の無明です。表裏一体なのです。
だから「煩悩即菩提」なのです。

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