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なぜ、日本の労働組合で総評と同盟が一緒になって連合にならなくてはならなかった...

kub********さん

2008/10/1821:33:55

なぜ、日本の労働組合で総評と同盟が一緒になって連合にならなくてはならなかったのでしょうか?

なぜ、戦後の日本の労働組合で総評と同盟が一緒になって連合にならなくてはならなかったのでしょうか?
ウィキペディア(Wikipedia)とかで調べても専門用語が多くて内容が読み込めません・・・・。
中3でもわかるような解説を求めます。
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ten********さん

2008/10/1821:52:05

まず建前からいきます。

労働組合というのは、本来「思想・信条・政治的立場の違いをこえて、要求で一致する」という組織です。たとえば組合員が自民党支持者であろうと、共産党支持者であろうと、「来年は1万円の賃上げをしてほしい」という要求で一致して、その要求を実現するために力をあわせるというのが、本来の姿です。だから、労働組合の全国組織(ナショナルセンター)が、支持政党や政治的な色合いでいくつも分かれているという状態は、本来はのぞましいことではなく、これを一つにまとめることが「よいこと」だとされました(労働戦線の統一)。

それで、同盟と総評が自己を解体して単一の「連合」という組織になったのです。

……というのはタテマエ。

ホンネのところはどうだったかといいますと、総評というどちらかといえば反政府的・反大企業的な行動をとる組織をホネぬきにして、あわせて共産党系をパージするためにつくられたのです。

総評という組織は、社会党系だけでなく、共産党系といわれている労働組合もたくさん入っていました。もともと総評は、戦後に共産党の影響が強い左派系組合の勢力をつぶすために占領軍のきもいりでつくられた全国組織だったのですが、途中から急激に左傾化して、占領軍や保守政権にとっては「困った」存在になっていたのです。

そこで、民社党系の同盟と、社会党系の総評がいっしょになれば、総評の「過激さ」はおさえられるだろう、というふうに右派は考えてこの統一を実現しました。その過程で、総評のなかに入っていた共産党系の労組はたたきだされたり、みずから連合への参加を拒否したりしました。こうして、みごとに総評はホネぬきになり、共産党系もパージされて「全労連」という別のナショナルセンターができあがるのです。

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