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hum********さん

2018/12/2313:04:55

>諸行無常って言うなら、今感じている苦しみも永遠ではないし、幸せになったとしても永遠ではないってことですよね。

おそらくそういうことではないかと思います。

>だったら苦しみから逃れることや幸福な人生を送ることに拘泥しなくても良くないです??

そのはずですが、人間には普通「自我」がありますので、苦しんでしまい逃れたくなったり、幸福な人生を求めたりしてしまうようです。

>悟りを開く悟りを開くって言うけど、なんのためなんですか?

「諸行無常」を頭で理解しただけでは、苦しみがなくならないようなので、「悟りを開く」ことにより、体得し、煩悩を解消していって、やっと苦から解放されることになるのではないかと思います。

今年の後半、エックハルト・トール「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」を読んで、私自身の苦しみの原因は、思考や感情、無意識なリアクションのパターン、身体等に同一化状態にあると思うようになりましたので、その脱同一化をしようとして、この本に書かれている方法を試している最中です。

imo********さん

2018/12/2216:57:41

悟りを開くと、まったく別の次元の世界が開けるのです。

具体的に言えば、悟りとは本当の「自分」を知ること、という言い方が最も的確と思います。

ほとんどの人は、「自分」を錯覚しているのです。驚くかもしれませんが、この身体が「自分」であるという感覚は錯覚なのです。

ですから、悟りとは、この錯覚を正すだけのことなのです。すると、本当の「自分」が見えてくるのです。

エックハルト・トールは、本当の「自分」は時間も形もない存在である、と言っています。これは私たちの認識からすれば、「自分はいない」という認識になります。つまり、お釈迦さまの言う「諸法無我」です。

私たちの苦しみのほとんどは、この身体が「自分」であるという思いを基礎に生まれています。これが無くなるのですから、ほとんどの苦しみはなくなるのです。ですから、お釈迦さまは、「悟りとは苦しみの終わりである」と言われたのです。

私も永い間、座禅に親しんできました。10年くらい前、エックハルト・トール著「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」に出会い、雷のような衝撃を受けました。この本で、私の人生は変わりました。ご一読をお薦めします。

zbx********さん

2018/12/2216:36:04

私は釈迦は我々と同じただの人だったと思っています。

生まれた時に天上天下唯我独尊と言い
この世の全てを理解して(悟った)
仏の三十二相と六神通を備えた
久遠実成の存在・・・如来!!


改めて見ると「そんなバカなww」です。

釈迦はそうやって宗教の権威付けの為に、誇大解釈に誇大解釈を重ねて「超絶進化」させられたのです。

本来の釈迦は思想家で、悟りも
「諸行無常」「諸法無我」という
この世の真実を見極めたに過ぎず、優れていたのはあくまでも彼の「思考能力」なのです。

悟りの境地とされている「見性」や「頓悟」なんて坐禅し過ぎて頭がいかれた時の単なる妄想ですから、「幽霊を見た」とか言ってる人間と同列の思考です。

解脱も、
「苦しみや迷いから離れる」程度の解釈が正しいと思っています。

実際、最古の経典と言われる「スッタニパータ」のさらに一番古い章とされる(元は独立した経典だったとも言われている)第四章、第五章には、あくまでも思想家としての釈迦が記されています。

その内容は簡潔で矛盾が無く的確なもので

「これはこうである。だからこうすればこうなる。何故ならばこうだからである。」と言うように
原因と結果、そして真理に沿ったその対処法が理路整然と述べられています。

そこには
「仏を信じて敬え」とか
「瞑想して悟ればOK」などと言う生ぬるい教えは微塵もありません。
彼は無心なのでは無く、常に真実と向き合い思索・分析していたのです。


つまり悟りとは単なる真実であり、今の仏教は単なる宗教であり
「慰め」でしかないのです。

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kur********さん

2018/12/2213:18:45

まぁ貪瞋痴で生きるのはよくないよってことですかね。仏教的に。

zys********さん

2018/12/2209:23:09

釈尊が、シッダールタという名で王子だった頃は普通の人でした。
ただ母親が彼を産んですぐに亡くなったためか結構ナイーブな
性格だったようです。
何不自由ない生活を送ってたにもかかわらず、彼には悩みがありました。
その悩みとは、時間が解決してくれるようなことではない
人間であるなら全員が抱える苦しみです。
それは「生老病死」でした。

妻子をおいて城を飛び出し、六年間の修業をするわけですが、何を
しようとしていたのでしょう?
それは「苦の根源を断つ」ということです。
(人はなぜ老いてゆくのか、なぜ病になるのか、なぜ死ななければ
ならないのか)それらの原因は何か、その原因を断つには
どうすればいいのか。

菩提樹の下の瞑想によってシッダールタは悟りを得、
ブッダとなりました。
「悟り」とは「苦の根源を知ること」です、
そしてそれは「存在の根源を知ること」と同じでした。
釈尊は煩悶の後に法を説くことを決意されます。
その時の言葉がこれです。

『耳ある者どもに甘露(不死)の門は開かれた』

>悟りを開くと苦しみが無くなるって言う人がいるんですが

苦の根源を知り、それを断つことができる人を「仏」と
呼ぶのですから当然でしょう。
世間では悟りをなぜか簡単に考えているようですが、
ポンと膝を叩いて(ああそうか)と気づくようなことではありません。

pb1********さん

2018/12/2208:19:11

元々、この世界には因果の法則があります

法則に翻弄されて人は輪廻転生を繰り返して様々な人生を送ります

その法則を全て解き明かしたのが仏様です


法則に感情はありません

まるで数学のように一つ一つの行動が計算されて来世の人生を決める基準になります

だから元々、この世界の全ての行いに善も悪もありません

だから悪魔と言う存在はいないそうです

日本人、仏教を知る人が言う善悪の判断は仏様が法則を解き明かされた事で善悪を決められました

だからよく言われるのが「日本の常識は世界の非常識」と言われる原因がこれです



釈尊は「この世界は苦の世界」だと教えられているから私たちは「この世界は苦の世界」だと思い込んでいるだけです

キリスト教では「愛で満たされている」と言いますよね?

これだけの違いです


でも実際には人生は苦しく、辛いことがあります

でもそんな経験をしない人もいます

それも法則に翻弄されてしまった姿です

そこに善も悪もありません

法則に翻弄されている姿を「苦しむ姿」と捉えて、法則に翻弄されないようにする為の仏教であり、修行を行います


現代では思想、哲学と貶められているので仏様の真意が失われている状態です

だから間違った宗教やいい加減な宗教が蔓延してる原因でもあります

ota********さん

2018/12/2208:11:03

それは大乗仏教です、大乗仏教は凡夫に受け入れられるように作り変えられているから悟りを開けば幸福になれると変にこだわっているのです。

原始仏教(お釈迦様の仏教)は違います、輪廻転生からの解脱です。

この世は生老病死一切が苦である虚妄の世界(バーチャルワールド)なんですから、確かにあなたの言うようにそこで幸福であろうが、不幸であろうがどうでもいいことです。
要は煩悩という輪廻の元となる悪いエネルギーを消滅させてそこから脱出して涅槃の世界へ行ければいいのです。

fhj********さん

2018/12/2207:54:19

此処(苦)を嫌い逃れようとして
彼処(煩悩)に行こうとするのが流転輪廻の迷いです
此処(苦)から逃げない動じないということが
苦と煩悩を滅した諸法実相諸法無我です

kok********さん

編集あり2018/12/2207:30:31

四苦八苦は真理であり、それを乗り越える智慧を得ることを悟りといいます。

実際には苦悩を乗り越える心境になるということです。

環境に恵まれた今の日本人にはなかなか実感の湧かないことかもしれません。

苦悩というのは執着から生じると仏教では教えます。

例えば食欲に集中していると、食べ物を見ただけで落ち着かない、食べられなければ悲しくなる、人が美味しいものを食べていれば妬ましくなる、といったように心は散り散りに乱れるわけです。

また、立ち振る舞いも愚かになっていくでしょう。

仏教はそうした煩悩を心の修行や布施の精神を通して乗り越えようとしたのです。

また無我の境地においては智慧が湧いてくるということです。

心の視野が広がるのでものごとが良く見えるようになるからです。

諸行無常とは、常なるものは無いので、それにとらわれるのはやめなさいということです。

また色即是空とは現われているものには本来実態は無いということです。量子力学などと同じ考え方だという人もいます。

双方一極に囚われるのはやめなさい、ということに通じています。

これは心の深いところ、潜在意識レベルまで実施する必要があります。

悟りの力で苦悩を乗り越え心の自由を得る。

そうすると心は静かな喜びに満ち、視野も広がり、智慧が湧いてくる。

仏教の目指すところはそこにあると思います。

易行道はその心境を決められた言葉を唱えることで得られるとしています。

また、その心境が得られれば、やりたいように生きて良いと拡張解釈しているケースもあります。

私は幸福の科学の信者です。

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nin********さん

編集あり2018/12/2207:19:22

特定の宗派はありませんが、仏教を学んでいる者です。
仏教を興した釈迦は元々一国の王子でした。当時としては何不自由も無い幸福な立場だった人です。でも釈迦は、どんなに幸せだと思える人生も、必ず死ぬ以上、人生の本質は苦しみであると見たのです。
仏教誕生前である当時から、輪廻転生は広く信じられていました。輪廻の中には天界への転生もあります。天界、つまり天国ですね、この天国さえも寿命があり、いつか終わってしまう。終わる時の哀しみや苦しみは人間以上だとされます。
つまり天国さえも本質は苦しみだと。
輪廻自体が苦しみの原因であり、輪廻から解脱する事(悟り)が苦しみからの解放、絶対的な幸福であるとしたのです。
で、既にバラモン教など解脱する事を目指していましたので、釈迦もバラモンの師について修行を開始した次第なのです。
釈迦はバラモンの修行、苦行に苦しみ、死ぬ寸前まで行きましたが悟りは得られず、結論から言えば独自の方法を編み出して悟りを得ました。
この独自の方法を伝えるのが仏教と言われるものです。

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