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2018/12/28 8:29

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仏教の末法無戒について教えてくだい

仏教の末法無戒について教えてくだい 末法無戒を唱える宗派の方はよく宗祖の言葉を引用をするのですが、具体的に経典にはどの経典にどの様に書いているのでしょうか?教えてください。

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末法無戒は日蓮宗や浄土真宗での考え方です。末法はお釈迦様が亡くなってから長い年月が経ち、教えも修行も形骸化した時代だと大集経に書かれています。しかし、それでもって戒を守らなくていいということにはなりません。

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釈尊は『大集経』 第十五月蔵分には末法思想の根拠とされる、仏滅後を五百年ごとに区切って 正法(修行仏教)の衰退を主張する五五百歳の思想が示されていることが、 特徴として挙げられる。 小釈迦と言われ、八宗の祖師、龍樹菩薩は 聖道門自力の仏教を『難行道』と教えられ「陸路を歩くようなもの」 それに対して 浄土門他力の仏教を『易行道』と教えられ「水道を船で渡るようなもの」 と教えられています。 中国の道綽は『大集月蔵経』に云く、「我が末法時の中の億億の衆生、行 を起こし道を修せんに、未だ一人も得る者有らず」と。 以下、親鸞聖人『教行信証』(化身土巻)より。 「『大術経』によるに、 仏涅槃の後の初めの五百年には、大迦葉等の七賢 聖僧、次第に住持して正法を滅せず。 五百年の後、正法滅尽せん。 六百年にいたりて九十五種の外道競い起こる、馬鳴、世に出でて諸々の 外道を伏せん。 七百年のうちに、龍樹世に出でて邪見のをくじかん。 八百年に於いて、比丘縦逸にして、僅かに一、二の道果を得る者有らん。 九百年に至りて、奴を比丘と為し婢を尼とせん。 一千年のうちに、不浄観を聞くに瞋恚して欲せざらん。 千百年に、僧尼、嫁聚し、毘尼を毀謗せん。 千二百年に、諸々の僧尼等、供に子息有らん。 千三百年に袈裟変じて白からん。 千四百年に、四部の弟子、皆、猟師の如く宝物売らん。 千五百年に拘セン弥国に二の僧有り、互いに是非を起こしてついに相殺害 せん、 よりて、教法龍宮におさまらん」と。 『涅槃経』十八、及び『任王経』等、また此の文有り。これらの経文に 準ずるに、千五百年の後、戒・定・慧有ること無し。 中略 「然ればすなわち末法の中に於いて、ただ言教のみありて行証 無けん。 もし戒法有らば破戒有るべし。既に戒法無し、何の戒を破す るによりてか破戒有らん。破戒なお無し、いかにいわんや 持戒をや」 中略 「もし末法の中に持戒の者有らば、既に怪異なり。 市に虎有らんが如し。此れ誰か信ずべきや」 意訳 末法の今日、修行(戒・定・慧)をしている者有れば そんなことがあろうか? 街の中で虎を探すようなものだ。 後略。 以上、疑問有れば、有名な図書館にでも行って『大集経』を隅から隅 までお読み下さい。 参照:親鸞聖人『教行信証』(化身土巻)より抜粋。

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鎌倉仏教の法然、親鸞、日蓮など(道元は末法思想を否定)の末法感は最澄が書いたと伝わる『末法灯明記』によるところが大きいと思います。ただ実際にこの書物を最澄が書いたかは今も不明らしいです。一部分載せておきます。詳しくは末法灯明記をお読み下さい。 ・根拠とする経典(一部分です) 『賢劫経』「仏涅槃ののち、正法五百年、像法一千年ならん。この千五百年ののち、釈迦の法滅尽せん」 『大術経』「仏涅槃ののちの初めの五百年には、大迦葉等の七賢聖僧、次第に正法を持ちて滅せず、五百年ののち正法滅尽せんと」 これらの経文に準ふるに、千五百年ののち戒・定・慧あることなきなり。ゆゑに『大集経』の五十一にいはく、〈わが滅度ののち、初めの五百年には、もろもろの比丘等わが正法において解脱堅固ならん。[初めに聖果を得るを名づけて解脱とす。]次の五百年には禅定堅固ならん。次の五百年には多聞堅固ならん。次の五百年には造寺堅固ならん。後の五百年には闘諍堅固ならん、白法隠没せん〉と、云々。 この意、初めの三分の五百年は、次いでのごとく戒・定・慧の三法、堅固に住することを得ん。すなはち上に引くところの正法五百年、像法一千の二時これなり。造寺以後は、ならびにこれ末法なり。ゆゑに基の『般若会の釈』にいはく、〈正法五百年、像法一千年、この千五百年ののち正法滅尽せん〉と。ゆゑに知んぬ、以後はこれ末法に属す。 ・末法の具体的な年代について 問ふ。もししからば、いまの世は、まさしくいづれの時にか当れるや。 答ふ。滅後の年代多説ありといへども、しばらく両説を挙ぐ。一つには法上師等『周異』の説によりていはく、〈仏、第五の主、穆王満五十三年壬申に当りて入滅したまふ〉と。もしこの説によらば、その壬申よりわが延暦二十年辛巳に至るまで、一千七百五十歳なり。 二つには費長房等、魯の『春秋』によらば、仏、周の第二十一の主、匡王班四年壬子に当りて入滅したまふ。もしこの説によらば、その壬子よりわが延暦二十年辛巳に至るまで、一千四百十歳なり。 ゆゑに(知んぬ) 今の時のごときは、これ像法最末の時なり。かの時の行事すでに末法に同ぜり。 しかればすなはち末法のなかにおいては、ただ言教のみありて行証なけん

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宗教ウォッチャーです。 末法無戒という言葉をwikipediaで観ると、仏教思想とかなりかけ離れている感じです。 日蓮正宗や創価学会などの富士派と呼ばれる特殊な思想の人達が使っているのでしょうね。 お釈迦さまの教えを都合よく捻じ曲げるために使っているのでしょう。 彼らは偶像崇拝に陥っていますから間違った行動を起こしやすいのです。