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日本史で、中世の日本は中国から銅銭(宋銭、明銭)を輸入してそのままお金として...

xo3********さん

2019/1/420:32:12

日本史で、中世の日本は中国から銅銭(宋銭、明銭)を輸入してそのままお金として使っていたと習ったんですが、なぜ日本国内でオリジナルの銅銭をつくらなかったんですか?

古代なら和同開珎に富本銭など日本でつくっていたようですが。

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jun********さん

2019/1/421:12:47

貨幣流通の絶対量が少ないからです。
室町時代中期あたりまでは、農村部ではまだ、
物々交換による経済が中心で、銭を使うのは、
都市部の商工業者と上層階級の武家・公家のみです。
さらに、上層階級は、金や銀を鋳潰した物を銭の代用品として、
用いる事ができたので、銅銭の必要性は低いものでした。

銭の価値が高まるのは、戦国時代に入り、農地の収穫高を、
銅銭の単位で算定する貫高制が普及した頃からです。
この時代は、中国の明朝の全盛期にあたり、
明国の永楽銭は、東アジアでは、一種の国際基軸通貨として、
機能しました。
だから、日本で新たに銅銭を作るより、明の永楽銭を輸入した方が、
信用面でも、コスト面でも、メリットがあった訳です。

しかし、江戸時代に入ると、永楽銭の製造元だった明国が衰退します。
また、わが国も鎖国政策で、対外貿易を大幅縮小した事により、
オリジナル通貨の製造の必要性が高まったため、
寛永通宝という、わが国初の本格的通貨が発行されたのです。

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mik********さん

2019/1/421:01:58

国産の銭は、中国の銭に比べ鋳造技術が未熟で品質が悪く、「ビタ銭」などと嫌われて、なかなか流通しなかったためです。

yas********さん

2019/1/420:56:45

中世の日本は朝廷の統治力が低下して政治を武家に委託する武家政権が誕生しました。鎌倉幕府と朝廷の二元体制だったために通貨の鋳造ができなかったのです。

通貨を鋳造するためには強力な中央集権的な政権が必要なのです。

唐を真似た強力な中央集権国家奈良時代には国家プロジェクトとして皇朝十二銭が鋳造されました。

江戸幕府という強力な政権ができて初めて通貨制度が確立されます。

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edo********さん

2019/1/420:45:08

採算の問題だと思います。当時は銅産出量が少なかったこと、銅の精錬技術が未熟であったことなどが理由でしょう。銅の産出量が多くなるのは江戸時代になってからです。

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