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創価学会員さんに質問 勤行や題目をあまりする気になりません。 通勤中に車の中...

dav********さん

2019/1/1413:04:50

創価学会員さんに質問
勤行や題目をあまりする気になりません。
通勤中に車の中でしたり、横になったまましたりみたいな感じなことはそれなりにあり、全然やらない日が続いているというわけで

はないのですが。
正直、勤行や題目をしても生命力が出てくるという感覚がわからないのも理由になっているのかもしれません。
何か目標に向かって頑張ってはいますが、そういうのも例えば恋愛とかみたいに自分の努力だけでは、報われないものもある現実の多さに虚しさを感じてしまうからかもしれません。
勤行や題目はした方がやはりいいのですか?
勤行や題目はした方が、人生幸せになるんでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

lio********さん

2019/1/2107:53:25

あなたの過去投稿を拝見しましたが、精神疾患を患っているようですね。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q142514702...

知恵袋はやめましょう。ロクでもない輩から、あなたのためにならない余計な情報が入ってくるのみです。

一日も早く、大きな病院で受診された方がいいです。

お大事に。

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ベストアンサー以外の回答

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アトムさん

2019/1/1516:18:59

努力、努力、努力、

プラスお題目

これが鬼に金棒です、

私はこうなりたい……では無く、

私はこうなります……です、

ただ不幸になる祈りは叶いません。

hop********さん

2019/1/1507:12:15

(「一生懸命にやっていますが、願いがなかなか叶わない」と嘆く婦人に対して)
「よく皆さんは、口では“なる”と言いながら、心の中では、あまり思わない場合がある。
願いは、心の奥底のものが叶うのです!
“病気が治りますように”とお願いしながら、心では“治らないかもしれないな……”と思う。これが御本尊に通じてしまうのです。
信心をキチッとしていれば、どんなことでも叶いますよ。
厳しいようだが、叶わないのは信心をしていないのです。皆さん方自身の心に聞けば、よく分かるでしょう。
信心が通れば、どんなことでも絶対、現証として現れます。
ただ、宿業の深い人は即座に現証が現れない場合もありますが、それでもキチンとわかるものです。何らかの形態で現証が出ます」
(1964年3月7日、東京第4本部の地区部長会での池田先生の指導)

先生のこの指導のとおり、疑いながら勤行や題目をしたところで、祈りは叶いません。「一念三千」ですから、自分が勤行の時に考えていることが、そっくりそのまま生活の上に出るのです。「この願いが叶いますように」と祈る一方で、「でも、この祈りは叶わないかもしれないな。どうせ駄目だ」という一念があれば、本当に駄目な方向に行ってしまうのです。

「一人の心なれども二つの心あれば其の心たが(違)いて成ずる事なし」(一人の心であっても、二つの異なる心があるなら、その心が食い違ってしまい、何事も成しと遂げることはできない。異体同心事)と、日蓮大聖人も厳しく仰せです。

また、「春夏田を作るに早晩(わせおく)あれども一年の中には必ず之を納む、法華の行者も上中下根あれども必ず一生の中に証得す」(春、夏に田を作るのに、早稲(わせ)・晩稲(おくて)の違いがあっても、一年のうちには必ず収穫するように、法華経の行者も上根・中根・下根があっても必ず一生のうちに証得(成仏)する。一念三千法門)とあります。

人それぞれによって、宿業の軽重や信心の熱心不熱心の差がありますから、勤行・題目をしても結果が出る時間には人により差があります。しかし、「結果が出ない」と疑うことなく、辛抱強く信心を貫いていけば、必ず祈りの叶う日は来るのです。

「では、時として、祈りが叶わないように見えるのは、なぜなのか。
それは、より祈りが深くなるように、また、より強い人間、より深い人生になれるように、そして、より深き福運をがっちりとつけるようにとの御仏智なのである。
本当に『深き祈り』も、『死にもの狂いの努力』なくして、簡単に祈りが叶ってしまえば、人間を堕落させるだけである。
仮に具体的な結果がすぐには出ない場合でも、祈り続けた人は、何かの時に、祈り以上の結果が証明され、そしてまた、大きく守られていくのである。
要するに、その人が本当に『幸福』になり、『立派』になるための祈りであれば、必ず叶う。すぐには結果が現れない場合でも、長い目で見れば、絶対に叶っていくのである」(1998年6月16日、第23回本部幹部会での池田先生の指導)

ともあれ、目先の結果に焦って、学会の信心を疑わないことです。

犬型人間さん

2019/1/1419:57:49

創価学会のやってる仏教は詐欺をごまかすためのアリバイでしかないから気にすんな。大金を持ってて日本中に学校をつくってるけど人を助けるための病院は一つも創らない偽善団体なんだよ。勲章を200個ももらったり自分を主人公にした自伝小説を何十巻も発行して定価で信者に購入させてるのにおかしい気が付いてくれよ。

もっくんさん

2019/1/1416:10:15

会員です。

確信を掴む為には、真剣に臨まなくてはなりません。
何か目標を決めて、真剣に勤行唱題に励んでみてください。

法力は、信力に応ずるのです。
信力を引き出す為に、行学を徹してやってください。
そうすれば「信」を支えることができます。



>自分の努力だけでは、報われないものもある現実の多さに虚しさを感じてしまう

池田先生は「勇気とは忍耐の別名である」と仰せです。
勇気(忍耐)の反対は諦めです。
諦めていれば(負けていれば)、どんな人も何も変えることができません。
勇気を持って、この法に挑戦していってください。
絶対に大丈夫です。
悩みながらも勤行唱題をされているのは、本当に凄いことです。本当です。

以前、質問者様の質問に回答させていただいたことがあります。
質問者様の幸福と確信がつかめることを、今まで以上により深く祈らせていただきます。

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