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母が亡くなりました。子宮頚がんでした。 大学4年男です。 腹を割って話せる...

eqy********さん

2019/1/1522:15:05

母が亡くなりました。子宮頚がんでした。

大学4年男です。
腹を割って話せるような親友もいないし、どこかに吐き出したかったので投稿させてもらいます。
文章書くの下手くそです。悪しからず。

また、言ってはいけない

と気持ちでは分かっているのですが、通院していた病院への批判的なニュアンスを含んでいる表現をしてしまっています。思いが溢れてしまった結果です。ご了承下さい。

子宮頚ガンがかなり初期の段階で発見され、その分野で業績のある病院に通うことになりました。2013年のことです。
子宮を全摘出し安心と思いましたが、2017年12月に肝臓と腹膜への転移が発見されました。
肝臓の表面を侵食する珍しいタイプの癌だったらしく、「手術は無理」「放射線治療もなし」「抗がん剤治療をするが、効くかは分からない」という説明を受けました。癌は治る時代というイメージをもっていた自分は「まあ大丈夫でしょ」と軽い気持ちでした。本当にバカだったと思います。
多種多様な抗がん剤を昨年10月まで投与し続けられましたが結局全く効果が見られず、肝臓と腹膜の炎症でずっと悶えるように痛がっていました。痛み止めもほとんど効かず歩くときも前のめりになっているような感じでした。11月の検査で胸水が見つかり抗がん剤治療をストップし、緩和ケア入院に移行することを言い渡されました。この時母には内緒にしていましたが余命3ヶ月~1年を言い渡されました。
この一年間抗がん剤の副作用と炎症の痛みで苦しんできた母の頑張りはなんだったのか。やるせない怒りと悲しみで1人になると毎晩泣きました。
その日から毎日お見舞いに行くようにしました。ここからあっという間でした。痛み止めを使っても全く痛みが無くならないらしく、毎日会う度に弱っていく様子が分かりました。最後の1週間はせん妄状態で家族の顔も分からなくなっていました。家族に見守られ12月末に息を引きとりました。余命3ヶ月の宣告から1ヶ月も経たないうちにです。58歳でした。

うちは共働き家庭でした。母は働きながらも家事育児をこなし、周囲の人間をホントに大事にする、優しく強い女性でした(息子の僕達にはバリバリ厳しかったです。怒ると超こわい)。葬儀にも沢山の人がきましたが、病気のことは家族以外誰にも話していなかったようです。母の1番の親友に訃報を伝えた時は電話口でもの凄く泣いて怒られたのが今でも胸に突き刺さります。

母が何をしたっていうんでしょうか?
あんなに人を大切にし優しかった母がどうして激しい痛みと苦しみの中で死ななくてはならなかったのでしょう。

1ヶ月経ちますが気持ちが全く癒えません。
ずっと続く気がします。
御親族を亡くされた経験のある方、いらっしゃいましたらこれからの気持ちの持ち方、悲しみの乗り越え方を教えてほしいです。
長文駄文失礼しました。

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hsj********さん

2019/1/2011:56:19

お母さまのこと。
お悔やみ申し上げます。

大学生なのですね。
お若いのに…お辛い経験をされましたね。

私は20代後半で母を、そして昨年父を亡くしました。
母はみてもらっていた病院では病気をみつけてもらえず、転院した時にはあと3日と言われ、そこから1週間ほどで…。
体調を崩してから約2ヶ月後の話です。
もっと早く病院を変えていたらどうなっていたのか…家族としては考えるのも辛いです。

そして昨年父を亡くしました。
がんでした。
ひとりっ子なので唯一の家族でした。
母のことやっと受け入れられるようになってきたかなと思っていた頃だったのに…。
母を亡くして5年も経っていないうちに父まで亡くすことになるなんて。
母を亡くして悲しかったですが、それでも父が支えてくれていたこと。
ありがたみを今になって感じています。

私の母はとても心の綺麗な人でした。
父も優しく、周りから頼られるような人でした。
なぜ2人が亡くならないといけなかったのか…。
私は今30代前半で親を亡くした友達はほとんどいませんし、両親を亡くした友達は全くいません。

実は父を亡くしてから体調を崩し、まだ治っていません。
そんな人に言われてもと…思われるかなぁと思いながらも何かあなたに伝えたくて。

悲しみ乗り越え方とご質問されているのですが、私の最近の思いは『悲しみと共に生きていく』です。
私の回答は、あなたの質問とずれてしまっているかもしれません。
すみません。

なぜそう思ったかというと、最近ある方のインタビューで目にした言葉からそう思うようになりました。
『悲しみを乗り越える』のではなく、『大切に抱きながら生きていくもの』とあり、この考え方共感できるなと思ったんです。
ずっとふさぎこむという意味ではなく。
確かにずっとふさぎこんでいたらお母さまも悲しむかなと思いますが、無理に乗り越える必要はないと思います。
だって悲しいですもん。
それだけの経験があったんですよ。

経験していないけれど寄り添ってくれる人もいて、ありがたいと感じることもありますが、人によっては寄り添っているつもりでも結局傷つけられること…あります。
経験した人しかわからないこともきっとあると思います。

グリーフケアという言葉があるのをご存知ですか。
大切な家族を亡くした方が集まって集まるような場所もあるようです。
私は参加しようと思った矢先に体調を崩してしまったのでまだ参加できたことはないですが、いつか参加してみたいと思っています。
もちろん無理に参加する必要はないですよ。

とにかく今は無理はせずに…。
泣きたい時は泣いていいと思います。
私は人前で泣くのは苦手ですが…最近少し泣くこともできるようになってきました。
あなたの気持ちが落ち着くこと…趣味などがあれば、今はそういう気持ちにはなれないかもしれませんが、もしそういう気持ちになれた時はそのような時間も大切にしながら。
今は悲しみが中心にある生活かもしれませんが、徐々に自分を中心にした人生を生きていければ…と私自身思っています。

最後に上記したインタビューの内容のリンクを貼らせていただきます。
https://soar-world.com/2016/07/01/terumiokaku/
この方もグリーフケアの団体?をされています。

頑張るって言葉は好きではありませんが、うまく言葉がみつからないのと、同じような経験をされたあなただからあえていわせてください。

一緒に頑張っていきましょうね。

死別という意味では同じ経験をしていても、当たり前ですが全く同じ経験しているわけではないので…私の発言で違うと思うこと、もし傷つけてしまったいたりしたらごめんなさい。

長文失礼しました。

少しでもあなたの悲しみが和らぎますように…。

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kom********さん

2019/1/2215:24:43

「一生の終わりを初めと結びつけることのできる人は最も幸福である。」(ゲーテ)
・夜の12時を1日の終わりと考えるのか、新しい1日の初まりと考えるのか。
・大晦日の夜の12時を1年の終わりと考えるのか、新しい1年の始まりと考えるのか。
・死を生の終わりと考えるのか、新しい生の始まりと考えるのか。

人間は、何事においても、ある事柄を、ポジティブに考える事も出来るし、ネガティブに考える事も出来るものです。
何事にも、前向きに、ポジティブに、プラス思考で、楽観的に考える人は、それ自体が幸せであり、幸福になる人です。
反対に、後ろ向きに、ネガティブに、マイナス思考で、悲観的に考える人は、百万年頑張っても幸せになりません。
あなたが、百万年泣いたって、お母さんが生き返るわけではありません。
ゲーテも、母上の死は、生の終わりではなく、新しい生の始まりだとポジティブに考えろと言ってるように思います。
お母さんは、もう既にどこかで、新しい生の準備をなさっているかもしれません。

ms2********さん

2019/1/2214:54:54

アラフォー近いオッサンです
自分は母子家庭です
最近自分も母を亡くしました
胆管癌で末期でした、手術はできませんでした
抗癌剤治療母は拒否したのでホスピスに入ることになりました
余命2週間でした
病院のトイレで泣きじゃくりました
絶対認めたくないのが母の死でした
幸い職場の理解がありずっと側にいようと決め病院に泊まり込みました
それから母は頑張ってくれて1ヶ月後旅立ちました
何が言いたいかと言うと君は一人じゃないんだよ
自分も君より大分年だけど母が何をしたんだと、母じゃなくてもいいだろうよって思います
自分も君と同じぐらいの月日しか経ってないけど時間が解決してくれるというのは嘘だと思います
悲しいのはずっと悲しいんですよ
どこかで折り合いというかつけて悲しみを抱いて生きていくんですよ
でもね、きっと君と自分はそれができると思うんです
優しく強いお母さんの子の君なんだから必ず生きていけます
頑張れ
君の幸せを心から祈ってます

asa********さん

2019/1/2122:49:28

質問者様に安らぎがあることをのぞみ、読ませて頂きました。

いくらかでも良いデーター、参考になる情報を送れていれば幸いです。

良い内容です。わかりやすい文章、誠実な言葉を称賛します。母親の苦しみの原因を考慮している点、また、今ある不運な出来事、苦痛に対して、智慧を持って乗り越える、意図的に離れる実践を求めている点を称賛します。


また人として親し方の苦しみを悲しめる姿、そのこころは素晴らしく、そのような姿を拝見でき嬉しく思います。ありがとうございました。


さて、

親御様が何をなしたかについて、

もし、質問者様が、釈迦牟尼という至高の聖者のような師の説く修行に解脱へ向かう修行があります。


そのプロセスで、宿命通、過去生を知る力__神通力があります。

人を超えた神の力、超越神力と呼ぶ方もいます。


その力を得て、親御様に何あがあったか、何をなされてきたかを知ってはどうでしょう。

また死生智という力もあるそうです。
これはなしてきたカルマによって何処に転生するかを知る力だそうです。

親御様の次の転生を知る事もできるでしょう。

私は、大変な恩恵を、愛情を受けた父を昨今なくしました。

輪廻転生を信じ、カルマの法則を信じています。私が修行者、四聖諦、ししょうたい、4つの聖なる絶対の真理を実践し、成就し、衆生を救済をすれば、。その恩恵は親にかえる、父に大きな喜び、苦しみからの解放の道を与えると思っております。
それ故に悲しみを乗り越えられました。


真理、釈迦牟尼が説かれ、その化身である師が説く、宇宙のどこにもっていっても変わらない法則、何千年経っても変わらない法則、私達を煩悩から解放し、苦悩の世界、迷妄の世界から脱却させる教え、法を実践されることが、悲しみを乗り越えることになると思います。


親愛な人たちとの別れは、出生、老い、疾患、死、種々の不運な出来事、悲嘆、苦しみ、激痛、悩み、敵意の人たちとのつきあい、希望したものを得ないこと、そして5つのとらわれの集積とともに、苦しみとして釈迦牟尼によって定義されています。


苦しみの聖なる絶対の真理、苦しみの生起の聖なる絶対の真理、苦しみの滅尽の聖なる絶対の真理、苦しみの滅尽に至る方法の絶対の真理

4つの聖なる絶対の真理を知り、実践されることをおすすめします。

釈迦牟尼の説かれた最初の法則、です。


その道は存在します。

質問者様が、善い知識と善い仲間と善い交際を得て、決して手放さず、苦しみの完全な滅尽、解脱やニルヴァーナを必ず成就せる者であり、あり続けられることをお祈りいたします。

また親御様のような親しい方を始めとして、苦しみから救うボーディサットヴァ、偉大な真の智慧に至ることを運命づけられた魂、救済をされる者となられることを望みます。
もっと良い言葉、正確な真理を語れる師、法友となれるものは存在します。
探し求めていかれることを推奨します。


ありがとうございました。

nor********さん

2019/1/1621:25:07

高校生、大学生がどうにかできる問題ではなかったと思います。

もう少しあなたが大人になった段階ならば、何とかできたかもしれませんが。

こちらも祖父、祖母、叔母をがんで亡くしています。祖父、祖母の時は大学を卒業して数年もしないうちで何にもできませんでした。できなかったというよりも何をすべきか全くわかっていなかったです。

叔母の時は、末期がんになってしまってからようやく、治療法について調べる必要に気づき頑張って勉強しましたが、治療法のめどがついた頃にはもう間に合わなくなってしまっていて、ほとんど何もできないうちに亡くなってしまいました。

叔母については、術前の抗がん剤で腫瘍が縮小し手術可能になって切除できたのですが、数年後に再発して亡くなりました。

もし手術できた段階で治療について調べていればきっと助けられたか、少なくとももっと長生きしてもらえたと思っています。

あなたも子宮頚がんの手術をした段階で治療法についてきちんと調べていればおそらく相当な確率で助けられた状況だったと思われますね。しかし、高校生にそれは難しかったでしょう。

しかし、今更言ってもどうにもなりません。まだ亡くなられて1カ月ということでしょうから、傷がいえないのは当たり前だと思います。

ただ時間が解決してくれるという面ももちろんあるのですが、根本的にはどれだけ自分が成長するかだと思います。そういう意味では時間はあまり関係ない面もあります。

自分が成長していくほど、早くにお母さんを亡くしたという苦しみが、だからこそ自分は悔いなく、お母さんの分まで生きよう、自分が幸福になった分だけお母さんを幸福にしたことになるんだとか考えられるようになり、逆に生きるエネルギーに変わっていくと思います。

だから今は辛く受け入れがたいかもしれませんが、そういう中でも、今自分がすべきことに挑戦し、一歩でも半歩でも前進していってください。

min********さん

2019/1/1608:34:53

お悔やみ申し上げます。

58歳とは、余りにも早過ぎる…さぞかし子供たちの成長を見届けたかったでしょうね。
また、貴方達もお母様に立派な姿を見せながら、してあげたかった事がたくさんあったでしょう。
お母様の気持ちになって読んでいたら涙が出ました。

私にも大学生の息子、高校生の娘がいます。
私が26の時に父親が直腸癌から脳転移し他界、昨年には母親が膵臓癌から肝臓に転移し他界したばかりです。

母は80歳でした。
担当医から膵臓癌ステージ1の告知を受けた時、術式やリスクなどを聞き、母と何度も何度も話し合いました。
母は「生きたい」と言いました、リスクを承知で。私は正直迷いましたが、母が生きたいと言ったので私も一緒に大海原に向かうが如く母のサポートを覚悟しました。
10時間に及ぶ大手術でしたが、その生命力たるや医師も驚き、その後80歳とは思えないほどの回復振りで、希望が湧いてきました。

術後間もなく、医師から5年生存率の抗がん剤投与を勧められ、副作用と闘いながら半年を過ぎた頃、肝臓に転移している、余命半年〜一年と告知がありました。
母はもちろん私も、5年生存率の抗がん剤はなんだったのか?副作用と闘ってきた半年間はなんだったのか?途方に暮れました。

残された時間はあと僅か。
余命宣告を受けた母はすっかり覇気を失い、そんな母を見ているのは辛く、半分でも少しでもその悲しみや悔しい思いを私が受け止めながら貴重な時間を共に過ごしました。

しかし、余命宣告を受けてから僅か1カ月後、全身が浮腫に侵され胸水と腹水が溜まってきていると気付き、このままでは呼吸が危なくなると思い、入院し3日目、母は孫や家族に見守られる中、静かに逝きました。

悔いは残りましたが、母のやりたい事を毎日叶え共に過ごした時間は私の宝です。
最期、穏やかな母の顔を眺めながら話しかけました。
80歳であんな大手術に成功したなんてギネスものだよ!やっぱりお母さんはスーパーウーマンだね。もう頑張らなくていいいんだよ、って神様が迎えに来てくれたよ。お疲れ様でした、そして、ありがとうございました、と。

母と私は親子であり大親友でもありました。
家族のために太陽のごとく愛情を注いでくれた母。感謝しかありません。
そして、母は私の心の中にいつもいます。

子供たちもおばあちゃんが大好きで、おばあちゃんに良い報告をする為に受験を頑張りました。直接報告はできなかったけれど、合格を一番祈ってくれていたのはおばあちゃんだったのできっと届いたと思います。

最後に。
貴方のお母様もきっと、一番に、誰よりも貴方達の成長と成功を願っていらっしゃると思います。
お母様に良い報告ができるように、日々努力を惜しまずに立派な社会人になれるよう頑張ってください。

素晴らしいお母様の子ですもん、大丈夫!天国で「ほら、あの子。私の自慢の息子なのよ!」って嬉しそうに言ってますよ。

ご冥福をお祈り致します。

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