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横槍すいません。キリスト教と神の愛の話で、いくつか疑問があります。 1.イエ...

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ID非公開さん

2019/1/1823:02:06

横槍すいません。キリスト教と神の愛の話で、いくつか疑問があります。

1.イエスも、異教徒は地獄で永遠に苦しめると言っているんですか?
キリスト教徒たるもの、イエスの言葉を第一ですよね?

旧約聖書の神がそうだから、異教徒は地獄行きという趣旨はあっても、イエスも異教徒を地獄で永遠に人たちを苦しめるという人は、みかけません。

2.なぜ、地獄で永遠に苦しめることが必要なのでしょうか?
刑罰だとしたら、刑期を満了することで、最終的に許されますよね?
死刑囚だって、死刑という刑罰を与えられたら、人権は復活し許されるということですよね?
永遠に苦しめるのは、拷問や虐待ではないでしょうか?

3.キリスト教徒の人たちは、かりに異教徒や全世界の人たちが、天国にいるのはイヤなんですか?
神に愛があるのなら、地獄で本当に反省したのなら、神は無限の愛で許すだろう、と考えてもいいじゃないですか。
「間違った道を選んだから、許さない」「罰を与えたら永遠に許さない。」という回答がありましたが、イエスは、間違った道を選んでも、一時的な罰を与えたとしても、赦すのではないのですか?

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o_r********さん

2019/1/1919:07:46

1.
>イエスも、異教徒は地獄で永遠に苦しめると言っているんですか?
・・・イエス自身が苦しめたるぞ!と積極的に言っているわけではないし異教徒と限定はしていないし永遠とも言われていませんが、イエスの話の中には、結果的に異教徒と思われる人物が長期的に地獄で苦しむという内容の話はあります。新約聖書のルカによる福音書にある「金持ちとラザロ」のお話がそれです。
金持ちは死んで「陰府」というところに行き炎の中でもだえ苦しむことになります。この「陰府」を「地獄」と区別する意見もありますが、キリスト教のプロテスタントの主流は、聖書が示す来世に「天国」と「地獄」の2つしか認めないので、「陰府」と訳されるところは「地獄」と解されます。
それで、その「陰府=地獄」に落ちた金持ちは、なぜ、そういうことになったのかというと生前の行いの報いとされています。
つまり金持ちは、自宅の門前にいた貧しいラザロに施しをしなかった、その罪に対する罰を受けたわけです(※これに関して異説というか奇説を語る牧師がおりますが、その解釈はあまりにこじつけめいて無理があります。http://www.yokohamashiloh.or.jp/reihai/message/shiloh_message110123...
>キリスト教徒たるもの、イエスの言葉を第一ですよね?
・・・キリスト教では聖書を教典としているので、その聖書の中のイエスの言葉だけを特別に重んじるのではなく、聖書に書かれている言葉全体を神の言葉として重んじるのが基本です。

2.
>なぜ、地獄で永遠に苦しめることが必要なのでしょうか?
・・・神のみこころを人間が知り得る範囲は限られていますが、あえて推察するなら、あえて神さまの義を貫くためでしょう。無条件の万人救済ではかえって無節操なことになります。義あるところに愛があり、裁きあるところに救いがある・・・という点では、無条件の救済は愛によるものとは必ずしも言えません。
>死刑囚だって、死刑という刑罰を与えられたら、人権は復活し許されるということですよね?
・・・すみませんが意味不明です。
>永遠に苦しめるのは、拷問や虐待ではないでしょうか?
・・・神をどのようにイメージするか、どのような存在として信じるかにもよると思います。義あるお方と信じるなら、なにか意味があるのだと思えます。

3.
>キリスト教徒の人たちは、かりに異教徒や全世界の人たちが、天国にいるのはイヤなんですか?
・・・教義的には、天国には聖書の神を信仰する人だけが入るので、終生、キリスト教徒にならなかった人は天国にはいないことになります。もっとも「セカンドチャンス」論は例外を認めます。しかしこの考え方は少数派です。
>神に愛があるのなら、地獄で本当に反省したのなら、神は無限の愛で許すだろう、と考えてもいいじゃないですか。
・・・これも、「神の愛」をどのように理解するかによるわけで、キリストの十字架の贖罪での赦しが「神の愛」の頂点ということになっておりますから、そのキリストの贖罪の出来事を信じない人は、「神の愛」を受ける機会を逸することになります。それが普通のキリスト教の考え方です。
>イエスは、間違った道を選んでも、一時的な罰を与えたとしても、赦すのではないのですか?
・・・イエスの贖罪については限定か普遍かの論争もあり、すでに神が救いに選んでおられる人々に限定された贖罪であるというのが主流です。間違った道を選らんでも、その人が救いに選ばれている人なら結果的には救われます。聖書に明示されている予定という考え方を理解する必要があります。

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kak********さん

2019/1/2520:30:38

1.天国をいろんな例えで語り、良いものと良くないものを選り分けるとはっきり言っています。
そもそもイエスの言葉を第一とするのはイエスが神であるからです。イエスが神でないなら救い主であっても神の言葉より重視することはありません。イエスが神であるから第一に捉えるんです。

2.不完全な人間の正義と完全な神の正義を比較し、人間の正義を正しい前提にして考えるからそもそもおかしくなってしまっています。
神様が完全に公正であり義の方であるという前提のもとにキリスト教があります。
人が人に犯す罪と創造主に犯す罪の重みを比べることはできませんし、むしろ神様は祈れば全て赦すと言ってくれています。それにも関わらず無視する人に対し、死ぬ直前までチャンスを与えています。それすらも無視したものだけが地獄に行くことができるのです。
人は殺人犯を許しませんし、牢屋に入れ、金を払わせ、もしくは死刑にします。意図的でない交通事故であっても金を払わせます。
しかし神様は祈るだけでこれを全て赦してくれます。この赦しを一生拒否し続けたものは地獄に行くのです。

神は完全であるがゆえに悪を見逃すことはできないのです。

2.地獄に行って反省しない人がいると思いますか?イエス様が再臨したその瞬間、全てが終わり、全てが明らかになります。報われるものは報われ、その他のものは地獄に行くことに気づきます。神様はその時までに信じなさい、と再臨の時をわざわざ延ばしてくれているのです。
一瞬地獄に落としてその瞬間全員が悔い改め、全てが天国に行くのなら今すぐにイエス様を再臨させるべきです。そもそも人を作る意味すらありません。
人がロボットと違うのは人格があるからです。自分の意思があります。ロボットは人の作品ですが、人は神様の最高傑作です。その人が良いことをすることが創造者である神様の栄光を表すことになります。もちろん人が自分の意思で、です。あなたの言うことならば、神様は初めからロボットを作れば良かったのです。自由意志などなく神様に従順なロボットを。
……そこに愛があるでしょうか?

あなたの言う神様とは、悪を裁かず、意味もなく生き物を創造して自分についてくるか試し、ついてくるものを身元に寄せてから、自分を避けたものを次に身元に寄せる方です。意味不明でしょう?

私たちを創造した意味が分からないでしょう。

3.全ての人と一緒に神の国で暮らしたいから必死であなたたちに真実を教えているのです。神様がイエス様の再臨を延ばしてくれているうちに、今にも起こるかもしれない再臨が来る前に。
何も知らないのに「神なんて人が考え出した」だの、「積極的に来るな」だのといって拒否するのです。神様からの誘いを。これを死ぬまで続けたものを赦せば神様は適当な方ということになり、また不公平な方です。

実際問題、神様があなたの言うような神様なら神様なんて信用なりません。

e_k********さん

2019/1/2303:59:54

> 1.イエスも、異教徒は地獄で永遠に苦しめると言っているんですか?

異教徒というよりは教派にもよるけど、私はイエス・キリストを主、神と認めて、洗礼によって罪が赦され、聖体を飲食することで天国に結び付けられることで救われると認識しているので、最終的には信仰によって救われるんだけど、信者であっても救われない人が大勢いるのに信者でない人の救いなんて考える意味あるのかという気もするな。。ばか者と言ったら地獄行きだくらいのことはイエス様も言っているから地獄に行くのは結構簡単だと思う。。

> キリスト教徒たるもの、イエスの言葉を第一ですよね?
> 旧約聖書の神がそうだから、異教徒は地獄行きという趣旨はあっても、イエスも異教徒を地獄で永遠に人たちを苦しめるという人は、みかけません。

異教徒というか主たる神を認めなかった人と言うべきではないかな。旧約聖書の神も新約聖書の神も同じ三位一体の神であって別々の神ではないですし。。

> 2.なぜ、地獄で永遠に苦しめることが必要なのでしょうか?
> 刑罰だとしたら、刑期を満了することで、最終的に許されますよね?
> 死刑囚だって、死刑という刑罰を与えられたら、人権は復活し許されるということですよね?
> 永遠に苦しめるのは、拷問や虐待ではないでしょうか?

刑法で例えるのがよくないのでは?

本人の自由な意志で、天国には入らなくていい、罪のある状態の方が居心地良いのでこのままがいいです、と決めた人を無理矢理改心させて天国に入れるというようなことは、神はなさらない。ということではないでしょうか??

あと、天国と地獄の考え方だけど、地獄というのは神を否定した人が死んで復活して神のところへ召される時、神を目の前にしながら永遠に神を否定し続ける状態であるという解説があるし、或いは死んだら皆さんは等しく神のところへ行き、神から出る光を浴びた時に、心地よいと感じる人と、辛い苦しいと感じる人がいる、ということなんだという解説も聞いたことがある。。

> 3.キリスト教徒の人たちは、かりに異教徒や全世界の人たちが、天国にいるのはイヤなんですか?

信者でない人が天国にいるのがイヤとかそういうことではなくて、天国に行きたい人は洗礼を受けて信者になって、天国を志ざす。。信者になったからといって天国に入れるとは限らないが、、、。とにかく救われたい天国へ入りたいという希望を持った人は洗礼を受けて信者として信仰生活に入るというだけのこと。。

> 神に愛があるのなら、地獄で本当に反省したのなら、神は無限の愛で許すだろう、と考えてもいいじゃないですか。

そういう考え方もあるんだけど、人の自由意志による選択を神は尊重されるので、本人が天国に興味ないと選択しているのに無理やりに天国に入れることはしないであろう。。

> 「間違った道を選んだから、許さない」「罰を与えたら永遠に許さない。」という回答がありましたが、> イエスは、間違った道を選んでも、一時的な罰を与えたとしても、赦すのではないのですか?

一時的な罰というのなら生きている間に与えられるものだと思うけど、仮に生きている間になんの不幸もない人がいたら、神を認める機会が乏しくて、滅びの道をゆくのかもしれない。しかしこの問いは難しいのでよくわからない。

tic********さん

2019/1/2122:31:38

まずキリスト教が誕生したのは、
イエスが死んで復活し、昇天した後に聖霊が降り、
それからキリスト教が誕生しました。

なのでイエスがこの世にいた時代は、ユダヤ教でした。

新約聖書に書かれている言葉は、
神のみ言葉です。
み言葉を告げ知らせているのが、
神の御子であるイエス・キリストです。

地獄については、他の方のおっしゃるとおり、
警告です。

神を信じて悪い習慣や癖を捨て、
少しでも正しい道に進む努力をする人は、
死後、煉獄にいる期間が短く、早くに天国に行くことが
できます。

煉獄とは、天国か地獄のどちらかに行くか、
裁判を受ける場所だと聞いてます。

私たちが地上にいるときは、煉獄にいる方が、
神の御国にいけるように祈ることが、
使徒としての役目です。

最後の質問の答えですが、
私たち人間が持っている権限は、
他人を許すことです。

自分だけが許されて、他人を許さない行為は、
人が人を裁く行為と同様です。

刑務所に入る行為をした人は、確かに刑務所に入って、
刑期を終える義務・ルールがあります。

ただ毎日の生活の中で、
私たちは刑法に違反していない、罪を自ら行なっています。

例えば公共交通機関を利用している際、
他人の助けが必要としている人に声をかけなかったり、
席を譲らなかったことも罪です。

悪口を言ったり、何気ない一言が他人を傷つける場合があります。
そういったほんの僅かな出来事が、
やがて大きな罪になるのです。

そのことについて、言い訳することは簡単です。
ですが自分自身でそのことに気づき、
悔い改めて謝罪するのは、とても難しいです。

祈りの中で、神様に罪を告白し、
罪に対して逃げないで立ち向かうこと、
その中で得た糧を、今後どのように活かしていくかを、
祈りの中で神様に願い求めることも、
生きていく中で大事だということを、教わりました。

2と3は同じ答えになりますが、
神様に愛があるなら、、、ではなく、
神様自体が「愛」です。「アガペー」です。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

dol********さん

編集あり2019/1/2121:54:31

イエスも、異教徒は地獄で永遠に苦しめると言っているんですか?


はい、イエスも信じないものは滅ぼす。

勧誘に耳を傾けない街はソドムとゴモラよし酷い目に合わすと恫喝しています。

さらに、黙示録には偶像崇拝者=異教徒は皆殺しにするそうです。

イエスも二枚舌のつまらん男です。

所詮は、キリスト教団の創作した偶像ですから仕方ありません。

キリスト教は多くの人を苦しめ殺害してきたカルト宗教です。


●(マタイ 5:9)
「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためではなく、
剣をもたらすために来たのだ。敵対させるために来たのだ。」


●イエスの言葉
マルコ福音書16/16 新共同訳
信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は
滅びの宣告を受ける。

別の場面では、イエスは弟子たちの勧誘に耳を傾けない街は「ソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む」と恫喝して凄んでいます。

●マタイ10:14あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。
15はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」
ーー


●ヨハネの福音書3:36.御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。』

新約聖書の神の言葉も憎悪に満ちています。

小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

かれらは大声で言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでもさばきを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

すると、彼らのひとりひとりに、白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。

・・・[そしてついに]私は見た。一羽のわしが中天を飛びながら、大声で言うのを。「わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る。地に住む人々に。・・・」

[第五の天使がラッパを吹き鳴らすと、]いなごが地上に出てきた。彼らには、地のさそりの持つような力が与えられた。そして彼らは・・・ただ、額に神の印を押されていない[すなわち、クリスチャンでない]人間にだけ害を加えるように言い渡された。しかし、人間を殺すことは許されず、ただ五ヶ月の間苦しめることだけが許された。その与えた苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げてゆくのである・・・。

[第六の天使がラッパを吹き鳴らすと、]四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放たれた。騎兵の軍勢の数は二億であった。・・・騎兵は、火のような赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当を着けており、馬の頭は、ししの頭のようで、口からは火と煙と硫黄とが出ていた。これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された・・・。

[第七の天使がラッパを吹く鳴らすと、]天に大きな声々が起こって言った。「この世の国は私たちの主およびそのキリストのものとなった。主は永遠に支配される。」それから、神の御前で自分たちの座についている二十四人の長老たちも、地にひれ伏し、神を礼拝して、言った。

「万物の支配者、常にいます神である主。あなたが、その偉大な力を働かせて、王となられたことを感謝します。諸国の民は怒りました。しかし、[神である主なる]あなたの御怒りの日がきました。死者のさばかれる時、あなたのしもべである預言者たち、聖徒たち、また小さいものも大きいものもすべてあなたの御名を恐れかしこむ者たちに報いの与えられる時、地を滅ぼす者どもの滅ぼされる時です。・・・」

・・・また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」そこで第一の御使いが出て行き、鉢を地に向けてぶちまけた。すると、獣の刻印を受けている人々に、ひどい悪性のはれものができた。第二の御使いが鉢を海にぶちまけた。すると、海は死者の血のようになった。海の中の命あるものは、みな死んだ。第三の御使いが鉢を川と水の源とにぶちまけた。すると、それらは血になった。

また私は、水をつかさどる御使いがこう言うのを聞いた。「常にいまし、昔います聖なる方。あなたは正しい方です。なぜならあなたは、このようなさばきをなさったからです。彼らは聖徒たちや預言者たちの血を流しましたが、あなたは、その血を彼らに飲ませました。彼らは、そうされるにふさわしい者たちです。」

・・・私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」・・・獣と偽預言者]は、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。残りの者たちも、馬に乗った方[キリスト]の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。

(「ヨハネの黙示録」6章9〜19章21節、新改訳)

n_a********さん

2019/1/2120:00:37

1:聖書は、ちょ罪によって「滅びる」事を言ってます。「滅び」に至る前に信じて命を得なさい…と言う事です。
逆説的に捉えるから、間違った解釈になるのです。

2:地獄には永遠は有りません。前提が異なります。

3:一緒に御国に行きたいですね。

地獄で悔い改める事は無理の様です。聖霊様が不在で「福音」を書く事が無いからです。
まっ、地獄で悔い改める様な事をしないで済む様にしておく事が優先すべき事では無いでしょうか?

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