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寿永二年十月宣旨って、後白河法皇と交渉した結果出たものなのにどうして院宣じゃ...

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ID非公開さん

2019/2/1420:11:07

寿永二年十月宣旨って、後白河法皇と交渉した結果出たものなのにどうして院宣じゃないんですか?

宣旨は天皇が出すものじゃないんですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

mi1********さん

2019/2/1420:14:19

朝廷の主権者は天皇です。これは院政でも変わりありません。「治天の君」は天皇の父権者として、天皇家の家長として実権(特に人事権)を掌握して実質的にチュ亭の主権者たりえました。従って、法的にいえば、統治権行為は天皇の名で行います。実務面から見た統治行為は文書主義ですから、天皇の命令、すなわち太政官符・宣旨・綸旨の発給となります。院宣を発給しても、これの裏付けとしての宣旨が必要なことが基本です。以上のように、十月宣旨の場合、院宣ではなく、宣旨が発給されるわけです。もちろん、宣旨発給に際しては、院、この場合、後白河法皇からの指示(文書ではなく、口頭命令)があったのは、史料には見えていませんが当然です。要するに、院政期でも、統治行為は天皇の名でするのが基本です。

なお、皇室御領の運用などに関しては、この所有権者は治天の君ですから、院庁下文・院宣を発給するのが基本です。

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    質問者

    ID非公開さん

    2019/2/1420:17:54

    そういうことですか!ありがとうございます。

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