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清朝の皇帝と日本の徳川将軍家ではどちらが財力がありましたか?領土が広大な清朝...

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ID非公開さん

2019/2/1821:35:40

清朝の皇帝と日本の徳川将軍家ではどちらが財力がありましたか?領土が広大な清朝皇帝のほうが金持ちだったとは思いますが、5対1とかの比で表すとどうなりますか?

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ken********さん

2019/2/1913:11:44

明確に数字を出す事は難しいと思いますが、仰る通り最盛期の清は漢・満・蒙とその周辺地域を版図とする史上でも稀な大帝国であり、経済的にも繁栄していたのですから、江戸時代の日本との比率は20:1からそれ以上の開きがあったのではないでしょうか。
恐らく清帝国は当時の世界でもトップクラスの財力を持っていたと思いますが、国土が小さく封建制を布く「政権」に過ぎない徳川幕府との差が大きかった事は間違いないと思います。
具体的な数字は出せませんが、逸話を紹介しますのでそこから想像してみてください。

清の最盛期は17~19世紀の「三世の春(康雍乾盛世)」と呼ばれる4代康熙帝・5代雍正帝・6代乾隆帝の治世であり、特に乾隆帝の時代が最も栄えていたと云われています。
十度に及ぶ外征と内治・文化事業を並行して行えたのが乾隆帝の治世ですが、乾隆帝は晩年に政治的な意欲を失い寵臣に政治を壟断される事になります。
「和珅(ヘシェン)」という名のその男は事実上の総理大臣・宰相として次の嘉慶帝にも仕えるのですが、史上でも有名な「貪官」であり、収賄などによって超多額の不正蓄財をしています。
その額は何と清の国家予算の10数年分に当たると云われ、金だけでも150万両を超えていたと云います。
清代の庫平両(約37g)で計算すると37g×1,500,000⇒55500000⇒55.5tになりますが、金だけに限っても莫大な量を和珅は持っていた事になります。
現代の相場が24金でグラム当たり約5000円とすると、「2770億円」以上の個人資産を持っていたわけですが、これは決して「清朝の保有する全財産」ではないわけですね。
中国史上最大の富豪とか世界有数の金持ちと評される和珅ですが、それでもその資産は「不正蓄財」という性質のものなのですから、最盛期の清の経済力は推して知るべしという事になると思います。
後に和珅の不正の影響で叛乱が起きたりもしているのですが、多額の不正蓄財があってなお清朝自体の存続が危ぶまれる事態では無かった事は歴史が証明しているようです。

総人口という面においても江戸中期に3000万人前後だった日本に比べ、清は「3億人~3.5億人」と推定されており三世の春の時期には目立った飢饉や叛乱も起っていません。
18~19世紀に「3億の人口を何とか食わせていた」という事も清朝が豊かだった証だと思います。

江戸時代の経済的な最盛期は3代家光の頃のように思います。
日光東照宮の造営や日光社参の回数などからの想像ですが、莫大な費用が掛かったとされる日光社参は幕府の収入の一割に及ぶ費用だったと云われています。
現在の価値で100億~200億と推定されるのですが、これらの話と和珅の不正蓄財の話を比べるとかなりの規模で清の財力の方が大きかったように私は思います。

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質問した人からのコメント

2019/2/21 12:13:20

ありがとうございました!

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1〜1件/1件中

z_x********さん

2019/2/1914:31:27

時代別の世界のGDP割合です。
http://kagakusuru.net/archives/26360/

1800年代初頭では清がダントツの1位です。
日本の10倍。西欧を全部まとめてもまだ1.5倍あります。

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