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幸福の科学のかたへ。どうするのがいいでしょうか。アドバイスをお願いします。

hs3********さん

2019/2/2313:33:00

幸福の科学のかたへ。どうするのがいいでしょうか。アドバイスをお願いします。

僕は、前々から、ベビーカーを苦々しく思っています。なぜかと言うと、よくベビーカーにぶつかられるからです。
先月も1回、今月も1回、脛に当てられました。ベビーカーは、「こっちは子供連れてるんだよ!」というオーラ全開で、子供を連れてるからと言って、それに対して周りが配慮するもんだという慢心が強いと思います。僕はこれが大嫌いなのです。子供を連れてるからって、それが何なんだ?と。
だから、店内で、「当たってるよオメエ!」と怒鳴りつけました。
しかし、冷静になると、怒るよりも、許してやるほうが上だと思うし、許してやれる心の広い人間になりたい。
だけど、許してやったら許してやったで、向こうは、事の善悪に気づかないまんまになるわけで、善悪をあやふやに、うやむやにするのも、いかがなものかとも思います。
いつか、またベビーカーと遭遇することがあると思いますが、こんな時、どう対処するのがベストなんでしょうか。

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dok********さん

2019/2/2512:42:00

幸福の科学の信者の最大の問題点は、こういう子育てしている人を、障害者とか病人のように扱えばいいと勘違いしているところですね。
あたかもあなたがどなったり叱れば、病人や障害者をいじめているように、なんでやさしくしないんだと、教団がやってくるところです。
幸福の科学はどこかがずれているというか、おかしいところがあります。
あなたが、あえてなやんでいるのも、幸福の科学自体が、そうやってあたかも、ステレオタイプで、悟ったと勘違いするところがある、とんでもなく、浅はかな団体だと思うからだと思います。
ようは幸福の科学の信者には悪魔をみぬくだけの智慧がないのに、あたかも悟っていると勘違いしているどうしようもない集団なんです。
それは大川総裁の教えに関係しているというか、そもそも悪魔とは何かが分からないために、みすみす教団の人が次から次へと悪魔になって行ってしまうのと似ています。
そもそも嫉妬する日本人なんてほとんどいません。そうやって大川総裁が煽ったところに、問題があります。
この教団はやはりおかしいです。
そうやって日本人を見下すことで、教団は発展しました。それを修正するには、よほどの努力が必要だということです。
教団はどうも日本人を自分たちの栄養分、餌ぐらいにしかおもってませんよ。

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hos********さん

2019/2/2512:12:50

幸福の科学信者です。

基本は心のユートピアから全体のユートピアになります。

先ず自分の心をきちんとコントロールしてから他人への指導や世の中への啓蒙を行うのが基本です。

つまりご質問の通り、まずあなたが器を大きくしてそんなことは許せるような大きな人物になることが心のユートピアです。

次にそのような問題が起きている原因を考えて仕事レベルで改善する、あるいは指導する。これが全体のユートピアです。ただこれは相当の知識経験が必要になります。

そこでここでは心のユートピアについてヒントとなることを述べておきます。

「カチンとくる」というのは感情的な怒りであり、仏教では「瞋(じん)」と言います。代表的な煩悩の一つです。
感情的に怒りが出るのは心のコントロールができていないということですね。
どんな理由があっても怒ってはいけません。まず揺れない心を作ることが修行の初歩です。

怒りとは動物性の現れであり、奪う愛です。他人を自分の思う通りに行動させようと思うから、その基準に従わない人を許せないのです。

第一に感謝が必要です。感謝とは与えられていることの発見です。愛を発見するからこそ自分も他の人への愛を与えたくなるのです。

ベビーカーに腹が立つのは「自分だけは誰の世話にもならずに大人になった」とどこかで思っているからだと思います。
自分だって赤ん坊の時代があり、人に迷惑をさんざんかけて、あるいは世話になり、あるいは許してもらった恩があるはずなのですが、それをすっかり忘れているわけです。特に親への感謝が大事でしょうね。

第二に劣等感の克服が大事です。
動物的にカッとなる人の原因は劣等感です。実際に劣っているかどうかはわかりませんが、自分では劣っていると思っているコンプレックスがあって、それが何かの機会に爆発しているのです。
たとえば結婚できなことがコンプレックスになっていて、幸福な家族を見ると腹が立つということがあるかもしれません。

特に最近日本では幼児・子供への視線が非常に厳しくなっていますが、恐らくは専業主婦が減ったことと関係があると思います。女性が職業を持って活躍できるのは素晴らしいことなのですが、ご苦労も相当あるだろうと思います。

仕事のために、あるいは経済の問題により結婚や出産をあきらめた方が赤ちゃんを見ると無性に腹が立つという場合もあるでしょう。
あるいは子育てしながら仕事をして保育所の送り迎えなどで大変な苦労をされた方が、いかにも呑気に子育てしている若いお母さんを見ると腹が立つなどということもあるでしょう。これは嫉妬の場合です。

これは男性でもあります。結婚して妻子を養うだけの経済力がなくてベビーカーを見ると腹が立つのかもしれません。
または非常に厳しい仕事、特にサービス業などで神経をすり減らしている人は、周りへの配慮のない人、周囲に神経を使わない若い母親をみると、自分の惨めさに引き比べて腹が立つのかもしれません。

いずれにせよ、怒りの原因は他人にはなく自分に原因があるわけです。これを「自己責任」と言います。

第三に広い視野が必要です。
すぐに怒る人の特徴は「教養がない」ことです。これは頭が悪いという意味ではありません。むしろ頭はいいかもしれません。

しかしたとえば専門知識が非常に深い人の場合、その世界にどっぷりつかっているために「常識」のストライクソーンが非常に狭いのです。

たとえば経理をやっている人は数字こそすべてで数字をいい加減に扱う人間は信用できないと思っていることもあります。
理系の方のなかには「実験で証明できないものを信じるのは許せない」という人がいます。
芸術家が無個性な人間を許せないということがあります。

車が好きな人は軽自動車に乗るような人間が許せないことがあります。
同じように、自分の価値観からベビーカーが許せない人がいるのです。

「その世界の常識」あるいは「マイルール」というのはいろいろあるのですが、自分の知らない世界、自分の価値観と違う価値観、未知の価値観と出会うと人間は保守的なのでそれを排斥しようとするのです。

だから逆に言えば、いろんな価値観を学ぶことが大事です。
自分とは違う常識の中にも素晴らしいものはいくらでもあるのです。

幸福の科学で霊言集を数多く出版しているのはそういう意味もあります。エル・カンターレの教えが中心ではあるが、違う考え方のなかにも筋が通ったものがあるということを学ぶことで寛容さが生まれるのです。

また読書は大事ですね。それも自分の専門分野だけでなくできるだけ幅広い分野の知識を入れておくと、自分と違う価値観の人が理解できるようになります。
読書以外には交友関係を広げることです。できるだけ自分と違うタイプの友人をつくることです。それも特定の人とだけ深すぎる付き合いをするのではなく、いろんなタイプの人と話が合わせられるような付き合いをしていくことです。

第四には沈黙の時間をとることです。
すぐにカッとなる人は、心がいつもざわついています。いつも心が揺れているのです。仕事ができる人は短気になります。
現代は非常にスピードの速い時代になっているので仕方のない面もあるでしょう。

しかし時折、スマホを片付けて、テレビも消してボーっとした時間をとることですね。
できれば内省の時間をとるともっとよいでしょう。

自分の一生を振り返ってみる。反省の時間をとる。人の眼などを気にせずに外界の刺激から距離を置いて、自分の心のなかを深く見つめていく時間をとることです。

一番いいのは精舎での研修です。

以上怒りはいけないと申し上げました。

もちろん例外として、相手のためを思って注意するような場合、「教導の怒り」あるいは社会悪への怒り「公憤」は必要です。理性を秘めた怒りはいいのです。しかし感情で怒っている場合は指導者としては失格です。

「しつけ」と称して子供を虐待する親や、「指導」と称してパワハラをしている上司は地獄に行きます。しかし子供への愛ゆえのしつけ、部下への愛ゆえの叱責は必要なのです。

両者の峻別は非常に微妙です。自分でもわからないことがよくあります。
ただ、簡単なチェックは、悪しき「瞋」の場合は心臓の動悸が非常に早くなっています。生かす愛の指導の場合はたとえ強い口調でも心は落ち着いています。脈も血圧も上がりません。これがチェックポイントです。

結論としてはあなたが悟りをへて心のコントロールができたら、ベビーカーにぶつけられようが、唾を吐きかけられようが、肩が触れたと言いがかりをつけられて顔面を殴られようが、全然腹が立ちません。

それくらいの胆力ができた上で、次の修行として相手を導くだけの説得力や智慧などができたら、指導者になっていく段階になります。

kok********さん

2019/2/2505:41:00

母親は子のために強くあって良いと思います。

それは人類が存続するために神が与えた力です。

男性には子孫繁栄のために強い性欲が与えられていますが、時として不埒な輩が出てくるのも事実です。

女性から見ればそれこそ「ふざけんなよ、てめえ」の世界でしょう。


問題は個人の智慧の不足、無明が原因です。

一人で生きているのなら問題は発生しませんが、価値観が多様化してきた時にぶつかり合いが発生します。

それを調整するのが智慧の力です。

智慧を世の中に拡げればよいのです。

その方に幸福の科学の書籍「太陽の法」を差し上げて下さい。

人類は一つであり、与え合うことの大切さが記されています。

また、心のコントロールの大切さが説かれています。

あなたを路傍の石ではなく、神の子として見ることができるようになるでしょう。

そして与える愛の心を持つことができるでしょう。

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bor********さん

2019/2/2414:48:28

幸福の科学大嫌いですけど、答えて良いですか?
乗り物の中の赤ちゃんの泣き声、狭い場所でのベビーカー、私もイライラする事ありますよ。でも、人間はわがままなもので、それが自分の子どもなり、知ってる子どもだったりすると、迷惑どころか愛おしく感じるのです。それが根源的な愛です。
そんなの自己中、と思われたら、想像してみてください。その赤ちゃんが将来あなたと縁ができるかもしれません。あなたの生徒になるかもしれません。反対に医者になってあなたの命を救うかもしれません。親戚になるかもしれません。袖振り合うも他生の縁、とでも言うのでしょうか。人間ってどこかで繋がっているのです。基本的な人間性であっても、個人個人の縁がであっても。
これが人間として生まれてきた醍醐味と私は考えます。
私は子育ての経験がありますが、見知らぬ人が自分の子どもを可愛がってくれたり、何の得にもならないのに面倒見てくれたり、そんな愛の蓄積が子どもを育むのだと実感しています。ただ、日々子育てに追われていると、感謝の念を全く表せていない事に気付き反省しています。賛否両論はあると思いますが、質問者様もできれば広い心をお持ちください。

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sir********さん

編集あり2019/2/2409:24:45

幸福の科学の信者ではありませんが、お邪魔します。

仏教思想では、あなたの心に原因を探す方が近道だと説きますよ。

あなたがこの世の中にベビーカーだらけだと感じ、赤ちゃんが魔物のように見え、
イライラしているのなら、

今のあなたの心の状態が、憎しみや怒りの中にいる、つまり地獄の中にいるということです。

赤ちゃんの笑顔が天使のように見えるようになり、子育て中のママを応援する気持ちになれば、あなたの心も仏界へ入れます。

あと、周りに迷惑行為をしているママには、注意をするのも悪いことではありませんよ、

ただし、その場合、相手が今後困らないようにと、相手のために愛の言葉であることが、あなたのためにもなるのです。

bea********さん

2019/2/2323:18:27

幸福の科学の1会員です。

電車やデパートで、子供1人を扱えないのか、大衆の中に、物理的にガチャガチャベビーカーを占めて闊歩するベビーカー族がいますが、だっこ紐の感じ良いのがまだないんですかね?

場所によりますよね。
2人揃ってパフォーマンスか、っていう様な夫妻をたまに見かけますが、場所や空間を考えて、コンパクトに楽しんでいる方がレベルが上だし、カッコいいですよね。

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