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世界史についての質問です。

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ID非公開さん

2019/3/1307:00:04

世界史についての質問です。

明の時代の一条鞭法から清になると地丁銀制に税制度を変更しました。
なぜ一条鞭法から地丁銀制に変更したのでしょうか?
どなたかわかる方解説お願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

tlv********さん

2019/3/1520:11:26

一条鞭法は、明の銀経済進展により、複雑化していた租税と徭役を銀に換算して一本化して納入させました。

地丁銀制は、一条鞭法を引き継いだもので、違う点は、土地所有者にのみ課税したことです。これにより事実上、人頭税が廃止されました。

※一条鞭法〜地丁銀制の間に「盛世滋生人丁」という税制もあります。これは康熙帝即位50周年記念(1711年)で実施され、この年以降に生まれた人には人頭税を課さないという内容でした。その後、地丁銀制により完全に人頭税を廃止しました。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

abo********さん

2019/3/1423:51:01

一条鞭法では富裕地主の丁数ごまかしや、貧困農民の未納増加によって、人頭税が徴収困難になりました。また、農民が生産物を換銀する際に商人に搾取を受けたりして抗租運動が発生したりしました。そのため、人頭税を地税のなかにくみこんで地丁銀として一括徴収することにより、実質人頭税が廃止され、地税のみを毎年徴収することになり歳入額が固定されました。

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