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郭嘉は曹操の右腕と言われた幕僚なのでしょうか。 三国志の前半に曹操が華北に...

rit********さん

2019/4/1121:22:30

郭嘉は曹操の右腕と言われた幕僚なのでしょうか。

三国志の前半に曹操が華北に覇業を成した功績の大きな部分を担ったのですか。

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kou********さん

2019/4/1518:23:41

まったく、右腕ということはないです。

曹操の右腕と言われればまず荀彧でしょう。

郭嘉は、まあ言えば若手のホープといったところです。
郭嘉が曹操に仕えたのは、徐州の呂布討伐のちょっと前くらいですから、最初期から仕えている荀彧とは年齢的にもキャリア的にも重みが違います。

郭嘉の最大の功績は、袁尚・袁煕を討伐するのに背後の劉表を気にする曹操に、袁尚らにトドメを刺す事を進言したことでしょうかね。
それ以外だと、郭嘉の言い分というのは、荀彧や荀攸と似たり寄ったりです。

郭嘉の死を曹操が惜しんだというのも、郭嘉が若く、将来、自分の次の世代を託せる人物と見込んでいた、というのが理由で、右腕だったから、というわけではありません。


郭嘉の軍師祭酒という役職は、198年に曹操が新設した曹操(司空)のブレーン集団のことです。
後には、参謀だけでなく、政治や文学など、曹操をサポートしたり意見交換できる面々が広く加わっていきます。
軍師と言う点では、中軍師(筆頭軍師)の荀攸がトップでしょう。

あと、郭嘉も豫州の名士ですからね、念のため(おそらく袁紹サイドの郭図や郭援は同族と思われる)。

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sna********さん

2019/4/1212:46:36

郭嘉一人の功績が大きいと言う訳ではないでしょう、荀彧や荀攸なども郭嘉に等しい功績です

ただ曹操が献帝を保護した時期に荀彧、荀攸、程昱などは尚書に任じられますが郭嘉は司空軍祭酒です、軍祭酒は軍師のトップという説もあります、いずれも漢朝から任じられる役職ですが上記の三人特に荀彧などが曹操配下であると、同時に漢朝の臣である色合いが強いのに対し、郭嘉は曹操の私臣と言った感じもします

陳羣から批判されているのも、曹操の個人的寵愛の様な物への批判も含まれてる様に思います、曹操にとって荀彧や陳羣と言った名士層への抑えの様な役割をおってたのかもしれません

shi********さん

2019/4/1211:40:16

三国志演義では、そうだと思います。
三国志演義では、曹操軍随一の天才として描かれていますね。若くして死んだため、諸葛亮と活躍がかぶることなく演義による曹操軍弱体化も受けずに済んでいます。

史実でも演義同様天才的な参謀であることには間違いありませんが、華北統一に最も貢献という訳ではないでしょう。一番貢献したのは荀攸と荀彧ではないでしょうか。参謀という意味なら荀攸かと。

荀攸が曹操の筆頭軍師で、郭嘉はその中の幕僚の一人です。若手のホープという立ち位置でしょうね。曹操に対しても数々の献策を行いよく貢献しましたが一番は荀攸だと思いますよ。

最も郭嘉は、曹操のお気に入りだったようですので、そういう意味では右腕と言えなくもないでしょうか。

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