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古代ローマやアテネの兵士に関しての質問です。

har********さん

2019/5/111:02:55

古代ローマやアテネの兵士に関しての質問です。

ローマにしてもアテネにしても兵士の変化として、農民による重装歩兵→度重なる戦争で没落→傭兵
の流れが見られますが、重装歩兵と傭兵の違いは無給か否かのみですか?また、なぜ重装歩兵などという仕組みが成り立っていたのでしょうか。

農民が武器や防具を自弁して自国のために戦ったのか重装歩兵だと理解していますが、ほんとうに彼らはお金がもらえないのに戦ったのですか?
政治に参加する権利を得てよいのでは!という気風が高まったと習いましたが、それは結果論であって、農民の側に立って考えると、命を危険にに晒しながらタダで、むしろお金を払って戦うメリットはどこにあったのでしょうか…?
どなたか教えてください。なぜ重装歩兵などという仕組みが成り立っていたのですか?

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ste********さん

2019/5/113:37:14

>なぜ重装歩兵などという仕組みが成り立っていたのでしょうか

古代の徴兵制は、無給が基本でした。
武具や食料などは自弁でした。
これは、ギリシア・ローマだけでなく中国なども
同じような徴兵制を持っていました。
徴兵制というシステムは、低コストで兵士を大量に集めることが
できる便利なシステムでした。

>ほんとうに彼らはお金がもらえないのに戦ったのですか?

徴兵とは、兵役の義務というように、市民の義務でした。
徴兵されると、たいてい他の租税が免除されました。
兵役は、労役の一種とみなされます。
労役というのは無償の労働奉仕のことです。
例えば、学校でいえば清掃活動をいやいやさせられているとすれば
それは労役の一種かもしれません。
古代の社会は、ヨーロッパでもアジアでも労役が重要な役割を
していました。

>農民の側に立って考えると、命を危険にに晒しながらタダで、むしろお金を払って戦うメリットはどこにあったのでしょうか…?

つまり、義務なのだから兵士としてタダ働きしなければ
ならなかったのです。
ただし、目的はありました。
それは自分たちの都市の防衛です。

ギリシアのポリスも、ローマにしてもみな都市国家です。
自分たちの都市を守るために、そこの市民が兵士として戦うということが
必要と考えられていました。
自都市の防衛のため=家族や恋人などを守るための戦いです。
メリットというより、身内を守るための戦いですから
モチベーションを保てたのでした。

逆に、最初からお金を支払って兵士を雇う傭兵制を導入するとどうなっていたかというと、
農民には徴兵と同じくらいか、それ以上の負担がかかっていたはずです。
なぜかというと、兵士に払う給与をどうやって捻出すればいいのか
という問題があるからです。
小さな都市国家では、それだけのお金が無いため、結局農民から
税をたくさん搾り取らなければならないことになります。

>度重なる戦争で没落→傭兵

では、どうしてこうなったのかということが問題になります。
ローマ史の場合、ローマ周辺で戦っていた時代は、
防衛戦争でしたし、徴兵されて戦っている期間も数日~数か月程度で
すんでいました。
つまり、末端の兵士からすれば、そこまで重い負担ではありませんでした。
しかし、ポエニ戦争あたりから、イタリアの外にでて戦争を行うように
なってしまいました。
元老院議員のような政治家からすれば、ポエニ戦争も自衛のための戦い
だったかもしれませんが、実際には征服戦争となっていきました。
徴兵された農民は、長期間従軍することとなり、実家の畑は放置され、
荒れ放題になってしまいました。
これが、農民が没落した原因になります。
また、自都市を守るための戦いでもないため、
兵士たちの士気を維持するのも難しくなっていきました。
タダ働きで、遠いところまで数年間従軍させられれば、
皆の不満が高まります。

これを解消しようとしたのが、マリウスでした。
徴兵制を廃止して、給与を支払って兵士を雇うことにしました。
傭兵制の始まりでした。
この兵士に応募してきたのが、財産を失っていた無産市民でした。
無産市民とは、農地などを失った元農民でした。
他に仕事もない失業者ですから、給料がもらえる兵士はありがたい
職業だったわけです。
ちなみに、この傭兵たちも従来の重装歩兵と同じ装備で戦っています。

>重装歩兵と傭兵の違いは無給か否かのみですか?

日本史では、信長が兵農分離を行ったと学習したかもしれません。
農民が徴兵されるシステムは、兵農一致の状態です。
ローマ史の傭兵制は、兵農分離の状態です。
つまり、マリウスの改革以後のローマの兵士は職業軍人になったわけです。
農民が片手間に兵士を兼業する状態では無く、
兵士という職業が成り立つようになったのでした。

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ibn********さん

2019/5/111:22:06

私はローマ。ギリシャは専門外なので大雑把に述べますが基本的にギリシャもローマも部族集団でした。部族集団は厳しい戦いをしょっちゅうしていたので、戦える男はみな戦士になるのが普通でした。シャイアン族みたいな感じです。国イコール自分の生活みたいなものです。その伝統で豊かになっても国民皆兵みたいな制度になったのです。地中海世界ではたいてい戦争をすれば略奪をするので、戦争に参加すれば結構おいしいかったのです。今みたいに大量破壊兵器もないし、体力があれば生き残って財貨も持ち帰れる。一種の産業の面もありました。ギリシャは特に禿山が増えて農業生産も限界があり、人口も増えてきたので各地に傭兵として仕事をするようになりました。

sa3********さん

2019/5/111:17:50

重装歩兵は豊かな市民階級。装備も自前。ギリシャやローマでは兵役は血の税だった。

平民は軽装歩兵。

給料は払われなかったけど、戦争で勝てば、略奪して金目のものを奪えるし、捕虜をもらえる。軍隊には奴隷商人も同行し、捕虜を売ってお金を手にしていた。

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