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豊臣秀吉って天下人になってから独裁者になってますよね?信長に仕えてた頃は、妻...

dor********さん

2019/5/522:28:00

豊臣秀吉って天下人になってから独裁者になってますよね?信長に仕えてた頃は、妻のねねや前田利家と仲良くなってたのに、結局人間は調子に乗ったら暴走する生き物なんですか?

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KIMOOTAOYAJIさん

2019/5/1014:45:15

元々子供が出来にくかった焦りに、老人性のボケまたは妄想が加わって、誰も制御できなくなりました。
晩年は醜態のかぎりです。

若い頃はアイデアマンで人たらしだったのでしょうが、人間、地位があがると傲慢になります。
秀吉には豊臣秀長と言う「押さえ」の弟がいました。
しかし天正18年から病気となり、その翌年そうそう、死去します。
こうして抑えがなくなり、秀吉の暴走がはじまります。
天下統一がなったばかりの天正十九夏には、明に攻め入るといいだします。
秀長がいれば、止めたでしょう。
つづいて関白秀次一家皆殺しです。
その翌年、唯一の心の支えであった実母が無くなり、秀吉は精神的ショックを受けます。さらに暴走が加速され、
秀次一家の皆殺し、二十六聖人処刑、再度の朝鮮出兵と愚行を重ねます。

実は秀頼が自分の実子でないことは、うすうす感づいていたかも知れません。

質問した人からのコメント

2019/5/12 14:27:00

回答ありがとうございます

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ook********さん

2019/5/1104:49:21

秀吉のやってることは若い頃も晩年もあまり変わらないですよ
家臣は諫言や謝罪の仕方間違うとよく殺されるされるし、若い頃から大言壮語や大風呂敷を広げ、愛情深く人たらしだが同時に計算高くて冷酷

ただ秀吉には様々な無茶振りを平然とこなし戦に強く、内政、外交、調略に長けながらも決して目立つことなく裏方に徹した秀長という兄思いの弟がいました
唯一の弟で秀吉最初の家臣でもある秀長は温厚で誠実な人柄のため昔から秀吉が家臣にキレたり暴走しても取りなしたりトラブルがあっても収拾させていました
その弟がよりにもよってようやく授かった息子鶴松と同年に亡くなってしまい
このためそれ以降は秀長以上に秀吉を抑えられる存在がおらずブレーキのなくなった暴走列車ならぬ暴走老人になったようです

ただ北政所や前田利家夫婦とは晩年まで仲は良かったですよ
特に前田利家とは晩年には「信長様が夢に出てきて怒られた、どうしよう」と泣き言いったり弟秀長が亡くなってしまったからこそ、自分の死後の秀頼のことを託したりと最後まで頼りにしてました

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he0********さん

2019/5/523:35:05

仰る通りです。独裁者になり、イエスマンばかりを周りに置いて暴走しました。

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