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ヒトラーはアメリカ以上に人種差別主義者です。それに日本に何の相談も無く、勝手...

tai********さん

2019/6/916:07:22

ヒトラーはアメリカ以上に人種差別主義者です。それに日本に何の相談も無く、勝手にソ連と戦争を始めています。

日本の計画ではソ連と日本とドイツが手を組んで、アメリカに対抗しようと言うものでした。

確かに、ソ連と日本とドイツが組めばアメリカに対抗出来ます。その計画をヒトラーはぶち壊してしまいました。

本来なら、この事だけで日独伊三国同盟は破棄するだけの理由に成ります。

日本は三国同盟を破棄して、逆にドイツに宣戦布告してドイツと戦うべきではなかったでしょうか?

そうすれば、必要な石油はソ連のバクー油田から輸入出来ます。

こういう考えが思い浮かばなかったのは当時の日本の官僚が馬鹿だったからですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

yuu********さん

2019/6/1323:45:00

昭和15年から16年にかけて、日本の政治意思決定は最悪な状態になっていました。
一つは制度的な問題で、元老が世を去ってから、官僚たちの専権化=いわゆるセクショナリズムは軍部ばかり持ちだされますが、他の国家機関でも生じており、結果行政、軍部、外交で乖離が生じていて意思統一が困難になっていました。そこへきて、統合機能を期待されていた議会は政権欲しさの足の引っ張り合いをした挙句に政党内閣は崩壊、近衛によって融解させられます。
この困難な時期に、政治を主導していたのが最も不適格な面々でした。最もたるものが近衛で、当時の文民の中でも現代の歴史家レベルで軍事知識が欠落していて、やはりそれと同じくらい無責任体質であったのが輪をかけます。
具体的には、二度目の首相となったところで近衛は独伊と提携しての南進方針を披露して、外相、陸相、海相の外政担当の大臣(及び省)に合意を得ます。
ところが、アメリカが海軍大増強計画を発表、近衛や、外相の松岡はこれがどんな意味を持つのか理解できませんでした。陸相東条も言うに及ばず、唯一気付いたのは海相吉田でしたが、自身の政治判断のしっぺ返しがかくも早くこれほど重くきてノイローゼで病気辞任します。
海相が及川に変わり、かくして日本は三国同盟を締結します。ところ、この時機を前後に海軍な兆候を示しだします。発起点は、海軍善玉史観や阿川の小説を鵜呑みにする狂信者が持ちあげる山本五十六で、昭和15年11月の段階での演習で、山本は南進にあたって英米への先制攻撃を主張して、この方針に海相、海軍軍令部総長の海軍2トップの内諾を得ます。
東条がーは言うに及ばず、第一海軍委員会がー南進がーとかあほなこと言う人が絶えませんが、昭和15年11月の段階で海軍は大筋の対米戦を実施することを決めたのです。山本は昭和16年1月には、再度念押しをして真珠湾攻撃の構想を披露する歴史的に有名な手紙を及川に送っています。
驚くべきは、昭和16年7月末の南進実施後まで海軍はこの魂胆を隠していて、海軍以外の人間は把握できませんでした。ここを理解しないと「対米戦の何故?」は常に見当はずれになります。

この内部要因に加えて、質問に関する部分で関わってくるのが外相松岡です。
松岡もまた軍事的に無能でした。この欠点に加えて異様な饒舌と同じく(聞く耳がない)、冷静に外交情勢を分析できない外相として果てしない欠陥がありました。
松岡は3月に訪欧してヒトラー、スターリンと会談します。世界の耳目を集める中で二大独裁者と会談して有頂天になった松岡は日独伊ソによるユーラシア同盟に夢中になり、帰りがけには日ソ中立条約すら半ば独断で結びます。
ところが、昭和15年12月の段階でのモロトフとの会談の不調でヒトラーは既に独ソ戦を決意していました。松岡はヒトラーの虚偽に騙されたわけです。それでも、外相リッベントロップが必死に警告を発していたのですが、「三百万の軍が独ソ国境地帯に展開」とのわざわざの言及すら、松岡には何を意味するか理解できなかったのです。
松岡は帰国後に日米了解案を潰すのみならず、独ソ戦はないと言い続けました。
日本では、外交専門の外相がそう言ったなら、それで話が終わりだったのです。このため軍部は対ソ戦をなんの想定はせず、対米戦に前のめりになった海軍とそれに気付かないまま陸軍は南仏進駐方針実施のための準備に着手します。

そこで独ソ戦が起こったので、日本側はパニックになりました。
ドイツに対して強烈な不信感が起こったのは言うまでもなく、特に実は陸軍が最も強くそれを露わにします。
近衛も「三国同盟を破棄しようと思った」とまで言及していますが、ここで、最初の説明がまたも絡んできます。
外相の松岡は「対ソ参戦しよう」と絶叫したのです。独ソ戦はない、と言い続けた当人による「英雄は転向する(本人弁)」ですから、周囲は松岡を狂人扱いします。
問題だったのは外交に専権を持つ外相が、ドイツへの不信感が渦巻く中で、ドイツの側に立ってしまったことです。結局動員なんて現代の歴史家並みの無理解な松岡が、めげずに参戦を上奏して昭和天皇の指摘があって、近衛によって更迭される救い難さでした。
ですが、そもそも「独ソ戦はない」と言い続けて判断を間違えた時点で、松岡を更迭した上で外交方針を確認する必要がありました。政治力があった近衛ですが、彼の個性がこれを許しませんでした。
近衛は日中戦争を泥沼化に追い込んだ近衛声明でもそうですが、自分の判断の失敗を受け止められないという政治家として最悪の欠陥がありました。独ソ戦は、二度目の首相となった段階での外政方針の根幹を揺るがす事態ですが、それは自身の判断の失敗を意味します。
ですから独ソ戦勃発後の近衛は判断を投げてしまいました。踏み止まって再考する貴重な機会で、独ソ戦など想定外だった時点で決定された軍部による南進の方針のみが確認されて実行されたのです。

>こういう考えが思い浮かばなかったのは当時の日本の官僚が馬鹿だったからですか?
ほとんどの人間は「自分たちの職務外」と考えませんでした。だって、官僚ですから。
そして、その枠を超えて判断をする立場にあった人間は、当時の日本でもよりにもよってな程、不適格で無能であったがために、かのような結果になったのです。

>日本は三国同盟を破棄して、逆にドイツに宣戦布告してドイツと戦うべきではなかったでしょうか?
そこまで大胆ではなくても、実際に俎上になったのですから、南部仏印進駐の実施を半年合わせるというぐらいの選択肢はあったのです。ところが、海軍は対米戦に夢中で遅滞を許さない、陸軍は何も考えてないが手間のかかる兵力展開を変更したくないで軍部は予定通り実施に夢中、外相は狂人扱いされて相手にされず、近衛は判断放棄だったので、この程度の選択肢すらまともに検討されなかったのです。

  • 質問者

    tai********さん

    2019/6/1406:25:50

    福島第一原発事故を見れば、無能なのは、今でも変わっていないのではないかと思いますね。

    福島第一原発事故が「あの程度」で済んだのは、「幸運」や「僥倖」が有ったからです。場合によっては北日本が人間が住めない地域に成る可能性は十分に有りました。

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hak********さん

2019/6/1211:31:01

神の視点からならばいくらでも言えますがな。
(-。-)y-゜゜゜

shi********さん

2019/6/1112:45:28

そうですね、三国同盟の話にかかわらず、当時の指導者は相当馬鹿な事をしてたみたいですね。

以下のブログ記事でこの事を書いているので読んでいただけると嬉しいです(^^)

https://shizuokanochappa.blog.fc2.com/blog-entry-56.html
https://shizuokanochappa.blog.fc2.com/blog-entry-51.html
https://shizuokanochappa.blog.fc2.com/blog-entry-163.html

2019/6/916:39:49

ドイツと戦いたくてもアジアと太平洋に攻撃目標がありません。
第一次世界大戦で、日本が追い出してしまいましたから。
わざわざ、地球の裏側まで出向いて戦うほどのメリットが、ありません。
米国に石油停められてました。
ソ連から輸入するにしても、満州を輸送路の保護の為に、手放す訳に行きません。
となれば、ドイツと米国同時に敵対する可能性がある訳です。
つまり独英が講和を結び、米英独伊国民党中国対日ソ共産党中国。
必ず敗けます。
むしろ史実の方がましです。

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