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尾崎豊さんの『核(シングル盤)』についての質問です。 尾崎豊さんが「上手く歌...

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ID非公開さん

2019/6/1220:44:54

尾崎豊さんの『核(シングル盤)』についての質問です。

尾崎豊さんが「上手く歌えなかったからもう1回歌わせて欲しい。

」と言ったのにスタッフに拒絶されて【音程が外れたまま】販売されたと言われていますが・・・

音程が外れているのはどの部分なのか教えていただけないでしょうか?

よろしくお願い申し上げます。

この質問は、活躍中のチエリアン・専門家に回答をリクエストしました。

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ベストアンサーに選ばれた回答

tpd********さん

編集あり2019/6/1409:11:12

質問者様のおっしゃるエピソードは知りませんでしたが、あらためてこの曲を聴き直してみました。まず冒頭から感情が入れ込み気味で進行し

「顔を持たない街の微笑み」あたりからメロディがあやしくなり、「真夜中 盛り場」あたりからは完全に意図的に崩して唄っています。アルバムバージョンを「正」とするならばメロディも外れているしリズムもずれている、ということになります。

通常このようなフェイク主体のバージョンはアルバム用にすることが多いと思いますが、おそらくプロデューサー(吉野金次)が20代になった尾崎豊の新たな出発のタイミングということで強烈なインパクトがあるこのバージョンを敢えてシングル用に選んだのではないでしょうか。バック演奏のアレンジもアルバムと比較して敢えて過剰にしている印象を受けます(アウトロなど)。

よって本人が「上手く歌えなかった」と表現するのは音程の話ではないんじゃないかと思います。この曲は元々ライブで歌っていた曲なので、本人の中で理想の歌唱イメージがあったのかも知れません。このようなフェイク主体のバージョンで【音程が外れたまま】というのは言葉として違和感があります。【音程が外れたまま】というのは、このエピソードが伝聞される際に誰か(記者など第三者)がつい発してしまった言葉のアヤというやつではないでしょうか。音程が外れたのは「この部分」と限定できるような、特定の箇所を指したものではないと思います。


以上私見ですが、個人的にはこのバージョンが好きです。「歌う」とは「訴う」が語源とも言われますが、このバージョンで聴ける彼の歌は壮絶で、正に「訴う」という感じです。カップリングの「街角の風の中」も良い曲ですね。

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質問した人からのコメント

2019/6/15 18:09:24

tpd********様

ご回答いただき、どうもありがとうございました。


『核(シングル盤)』は迫力満点の魂の叫びだと私は思っております。

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