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独ソ戦で、ヒトラーが直接口を出さなかったら、ドイツ軍にどれぐらいのメリットを...

g19********さん

2019/7/404:20:53

独ソ戦で、ヒトラーが直接口を出さなかったら、ドイツ軍にどれぐらいのメリットをもたらしたでしょうか?

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k1_********さん

2019/7/418:31:51

当時のドイツ陸軍高級将校たちの中には、「軍曹上がりのヒットラー」と陰口をたたいてたほど、作戦面などの稚拙無謀さもあった。ソ連侵攻の際など、兵力の分散など戦術の基本を度外し素人同然で、ヒットラー軍曹と誹られるゆえんであった。三方面への侵攻は、まさにそれで、しかも、憎悪ライバル視のスターリングラード(スターリンの名前をとった地)の陥落に拘るなど感情を抑えた冷静な判断など皆無。これなどヒットラーが口を挟まずに、セオリー通り、別方面への(モスクワなど)軍事力集中(分散せず)で攻撃を行えば、モスクワだって陥落し、ソ連侵攻作戦も成功の目があったかもしれない。別のケース、ダンケルクに連合軍を追い詰め、風前の灯火寸前だったはずが、不可解な命令がドイツ陸軍に下った。攻撃のストップである。ダンケルクの連合軍の決定的ダメージ(全滅)を空軍に一任せよというのである。その背景には、ヒットラーの政治的な都合の打算があった。ここで陸軍に手柄を挙げられたのでは、ますます陸軍側の発言権が強くなるという腹のうちであった。おかげで、ドイツ空軍の攻撃も思った程成果が上げられず(連合軍側への爆弾投下など、海岸線の砂地がクッション代わりの役目で効果なし、撤退船舶への攻撃も、目標船が小さ過ぎて命中せずのありさまなど)、ドイツ陸軍は、無駄に二日間を待機される結果で、みすみす勝利のチャンスを自ら逃す失態を演じる羽目になった。・・独裁者ヒットラーの自己中の権力への保身・自縄自縛、気まぐれ、ド素人決断などが現れたのであった。

  • k1_********さん

    2019/7/506:52:11

    ヒットラーのワンマンぶりの作戦介入も、時としてマグレ当たりもあった。ソ連侵攻も、スターリンには寝耳に水で、かつ、猜疑心の強いスターリンが赤軍派の高級将校たちを大量に粛清後のことで、恐怖心に陥り震えたという。が、悪運の強いスターリン、もう一方の脅威のノモンハン事件で対峙中の日本軍の動向、この件につき、朗報({スパイ、ゾルゲ説あり}日本軍の国家戦略は、北進にあらず南方方面に進出)に、狂喜したスターリンは、精鋭機甲師団(日本軍と対峙中)を、膠着状態の対ドイツ戦に投入の大チャンスを得た。この作戦により、スターリングラードなど攻略に手間取ってたドイツ軍に、新たな精鋭ソ連軍の出現で、戦局は激変しソ連軍圧倒的優勢に変わっていた。連合軍を慌てさせたバルジー戦も、ノルマンディ上陸後、快進撃の陰で補給線の伸び切った直後の反撃で、油断も手伝ってた。これも結局猛将パットン将軍率いる米軍の猛攻で粉砕されるに至った。

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bab********さん

2019/7/622:49:22

実際の(いなかった)メリットとして
第三次ハリコフ攻防戦がありましたね。
スターリングラードも
あんなの普通にやってたらドイツ軍が楽に勝ってた?
そんな書き込みを見ましたが どうなんでしょう??
ヒトラーのみならずバトルオブブリテンで
英国のレーダー基地をまじめに攻撃しない
ゲーリングの無策も酷いと感じます。
シュタウフェンベルクのワルキューレが成功していれば
その後 ドイツは降伏したかもしれませんし
そうすれば なんでも
同盟国ドイツの手前 降伏が遅れたらしい日本も
もっと早く降伏していたかもしれない。
そうすれば 色々良かったかもしれませんね。

hhh********さん

2019/7/420:43:20

ソ連侵攻そのものが身の程知らずだった、
という批評をいったん脇に置いて申すなら・・


41年12月、モスクワ前面でついに膝を
ついたドイツ軍に対するヒトラーの
「確地死守命令」は、のちに多くの
独軍指揮官が「あのときは間違いなく
正しい命令だった」と評価しています。

総崩れを防ぐ効果がありました。


まずいのはそこからです。

もはや、一介の伍長経験者ではどうにも
ならない状況になったのに、
ハルダーの提出した「青」作戦構想を
いちいち口出しして手直しさせます。

中略


そして、ヒトラーとしてはどうしても
石油が要りますから、カフカスへの
侵入を図らせたり、ムリな作戦を軍に
要求せざるを得ない

そうして、スターリングラードで大敗。

43年初頭、超人的手腕で戦線を縫い続けた
マンシュタイン(フランス電撃戦の発案者です)と
衝突し、のち彼を解任。

マンシュタインは、「こんにち、この事態を
招いたのは閣下ご自身に責任がありますぞ、
われわれに実行不可能な作戦を押し付けてこられた」
と言葉を選ばず抗弁しています。

つまりは「あんたさえ居なきゃ、
講和できてたんだよ」と上級大将が言ってるわけで。


どのくらいのメリットかはわかりませんが、
少なくとも42年からヒトラーがドイツにとっても
死神になる、って事態は避けられたと思います。

eko********さん

2019/7/419:30:10

ヒトラーが直接口を出さなかったなら、独ソ戦自体なかったでしょう。

glo********さん

2019/7/418:55:16

最近では独ソ戦での研究も進み、ヒトラーの戦争指導に問題があったのは間違い無いにせよ、ドイツ軍の作戦指導がソ連軍に劣っておりそれが大きな敗因である事も分かってきています。
ソ連軍は当時、先進的とも言える「作戦術」の概念を導入し、それにより複数の作戦を連携させたり、一つの作戦の後の作戦を考えて戦略を練る事を行っていました。
このような事は米軍でも一般化するのは30年以上経ったベトナム戦争後なのでドイツ軍が遅れていたのではなく、ソ連軍が突出して進歩的だったのです。
この結果、1943年以降のドイツ軍はソ連軍に圧倒される事となります。

しかし戦後のドイツ軍の将軍達は世界的ベストセラーとなった「失われた勝利」を書いたマンシュタイン元帥をはじめ、自分達の作戦指導がソ連軍に劣っていた事を断じて認めず、全てをヒトラーの責に帰して「ヒトラーの愚劣な戦争指導のせいで我々は敗れたのだ」ということにしてしまったのです。

もちろんヒトラーの戦争指導に数々の問題があったことは間違いないです。
しかしドイツ軍の作戦指導そのものがソ連軍に劣っている問題がある以上、大差は無かったはずです。

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tlk********さん

2019/7/409:27:12

冬が来る前にモスクワは攻略出来たかも知れません。
①イタリアが勝手に始めた戦争で負けたからと言って対ソ戦で準備していた兵力から戦力を抽出した為に対ソ戦の開始が遅れて仕舞った。
②欧州とソ連では鉄道線路のゲージ幅が違うので補給物資はポーランドで積み換えをしないといけないが人員不足で大量の滞貨が発生していたのにそれに対する対策が取られなかった。
☆ソ連に侵攻した軍団とポーランドで補給物資の積み換えをしている輸送部門とは指揮命令系統が違うのでヒトラーを通して命令して貰わないといけないが輸送部門は大量の滞貨が発生している事を認めなかったので改善されませんでした。
③大量に得たソ連軍捕虜を有効に活用する事が出来なかった。(スラブ民族は奴隷にすると言う方針を変えなかったから占領地でも反発を受けてゲリラ活動を生んで仕舞った。)
☆反共思想のソ連軍捕虜をドイツ軍指揮下に部隊編成出来たらドイツ軍の兵力不足は解消出来たでしょう。
人員規模が大きい歩兵師団を編成するだけでもドイツ軍の損害が大幅に減らせました。

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