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忍者は本当に居たのでしょうか。 抜け忍は、死ぬまで追われましたか。

boi********さん

2019/7/1218:53:46

忍者は本当に居たのでしょうか。

抜け忍は、死ぬまで追われましたか。

補足くノ一は(女忍者)本当に居たのでしょうか。

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

2019/7/1221:27:55

題「戦国時代に忍者がいたことにするために」

戦国時代に「忍者」という言葉はありません。江戸時代になって、「造られた職業」であり、その点は軍学者と似たものです。

1、「忍び」
「忍び」と呼ばれた人々は戦国時代に確かに存在しました。
ただし、創作ではない本物の記録の「忍び」は、
泥棒や盗賊の意味合いが強いのです。
全然、「忍者」らしくありません。

2、「乱破」「素破」
戦国時代が長引くと、歴とした武士でない、農民兵もますます多く動員されるようになっていきました。
この種の農民兵は、忠誠心が低く、統制に服さず、略奪に熱心で、扱いにくい存在でした。
この農民兵で特に酷いのが、「乱破」「素破」なのです。
これも「忍者」らしくはありません。
なお、この種の農民兵が「忍び」と呼ばれることもあったようです。

3、ええ加減な文献による「忍び」「乱破」
江戸時代に伊賀の藤林氏が「萬川集海」という本を書いて、「伊賀の忍術使い」というイメージを広めたようです。ただし、戦国の伊賀の武力集団は、当時の記録では、「惣国一揆」。つまり農民兵の親玉たちです。「忍者」とは呼ばれてません。
風魔の小太郎は、「北条五代記」という一種の小説が起源。ただし、風魔の小太郎が盗賊として処刑された、という伝説は、「忍び」「乱破」の正体を伝えてますね。
武田信玄の女忍者も「甲陽軍鑑」という信頼性の低い書物から。
鉢屋衆も「陰徳太平記」ですから、信頼性は低いです。

4、服部半蔵正成
実在した人物ですが、歴とした三河の武士です。
伊賀の農民兵は、ものすごく強いのですが、なかなか武士になろうとせず、大名に服しない「自由人」でした。彼らを武士化する役目を受けたのが服部半蔵なのです。

5、スパイ・間者
いつの時代にもスパイがいます。日本では間者とも言ったようです。それを忍者ということにしてしまえば、忍者はいたことになります。しかし、過去のスパイを、本人も名乗ってないのに、わざわざ、現代語である「忍者」にしてしまう必要があるでしょうか。

結局、過去の誰かを「忍者だ」と言い張る事はできますが、歴史の真実からは遠ざかるだけです。

質問した人からのコメント

2019/7/12 22:19:48

勉強になりました。

ベストアンサー以外の回答

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2019/7/1221:30:06

間者や穏密ならいたけど、忍者は架空の生き物だよ。

ojy********さん

2019/7/1219:36:54

抜け忍の記録はない
殺されるのは小説の世界だな

2019/7/1219:33:02

忍者は本当に居ました。

忍者は本当に居ました。

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imo********さん

2019/7/1219:16:01

教科書に載ってる人だと、間宮林蔵が忍者(隠密)です。

と言っても黒装束を着て手裏剣を投げてた訳ではありませんがw

蝦夷地探検から、さらに樺太から大陸に侵入して清国とロシアの国境まで調査しています。
清国の国境の役人に筆談で意思疎通を図り、清国の役人はビックリしたそうです。

その他にも浜田藩の密貿易を暴いて幕府に報告したりしていたそうですし、シーボルト事件の発端にも関与していますが、肝心な人は上手く逃してる節も見られます。

bir********さん

2019/7/1218:58:10

居たとすりゃ京本政樹サマの先祖
とか、かもね。

居たとすりゃ京本政樹サマの先祖
とか、かもね。

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