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なぜ衆議院について1946年の選挙だけ中選挙区ではなく大選挙区なのですか?

ハリス直さん

2019/7/2406:40:04

なぜ衆議院について1946年の選挙だけ中選挙区ではなく大選挙区なのですか?

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ous********さん

2019/7/2414:38:27

これは幣原内閣の堀切善次郎内務大臣が改正案を作った。GHQにやらされる前に自主的に行った方が日本側の意向をより反映できると考えたためだ。
周知のように、この改正で、男女とも満20歳以上に選挙権を与えること(被選挙権は25歳以上の男女)と都道府県単位の大選挙区制の採用となった(選挙は制限連記制で行われた)。
年齢を下げたことと婦人参政権は民主化のための導入であった、大選挙区は既存の政党の代議士の地盤を掘り崩そうと堀切が考えたためだった。かって第1次近衛内閣の時、同様なことが考えられたように革新官僚には既存政党の腐敗などで不信感が強かったためだ。
これに対しGHQではこの改正に口出ししなかった、それは基本的にこの改正が民主化の方向性をもっていたし、別途「公職追放」という伝家の宝刀を準備していたからであった。選挙の直前、旧大政翼賛会関連の議員などの多くが追放された。特に進歩党は幹部クラスが軒並み追放された。

ただしこのあとの第1次吉田内閣で再度選挙法は改正され、戦前と同じ中選挙区単記制にもどされた。つまり大選挙区の選挙法は1年たらずの寿命しかなかった。

参考文献
村瀬信一著、『帝国議会』(講談社選書)

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pio********さん

2019/7/2407:33:01

この時の国会は憲法の審議のための国会だったため。
中選挙区だと少数意見が捨てられるので、全国民会議の体裁となるように大選挙区としている。

dan********さん

2019/7/2406:59:01

小選挙区反対と叫んだかっての若者からすれば
もともとは、連合国の意向もあり、民主的な国に変えるためには、少数派もそれなりに尊重できる制度が良かったのよ。
例えば、A.B.C.D 四つの政党があり、支持者はそれぞれ、40% 30% 20% 10% だとすれば、日本全国を一つの選挙区で選挙をやれば、議員は、4:3:2:1 の割合になるよね。でも、4割を取った政党は、他のヤツは邪魔だ、として選挙区を細かく分けて、定員を1名にしちゃいました。これで、人口の40%の支持を持つ政党は、全ての議席を確保できます。邪魔者はいなくなります。その理想を実現するために、ゴリ押しでより小さな選挙区を、、、今もまさに実現に向かっているところです。

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