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俳句って、じっくり考えて作るものなのですかね…?

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ID非公開さん

2019/8/1819:44:56

俳句って、じっくり考えて作るものなのですかね…?

プレバトの俳句対決みたいなのを見ていると、みんな1句にすごい時間をかけているんだと感じるのですが、本来の俳句や短歌は、その場その場で感じたことを直感的に表すものではないかと思うんです。
みなさんはどう考えますか?

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rin********さん

編集あり2019/8/1821:43:44

「本来の俳句」「本来の短歌」なんて決まりはありません。

芭蕉に「五月雨をあつめて早し最上川」という句がありますが、
この句は最初は「五月雨をあつめて涼し最上川」でした。
句会での発句として読まれたものです。

芭蕉はしばしば歌仙という形式の連歌を行いましたが、
歌仙は、発句は予め考える場合もありますが、その後の句は前の句を受けて詠む即興です。

それは発想や機転が試される機会であり、即興力を競う遊びです。
でも同時に花は8句のうち1句しか許されないなど制限もあり、自由に詠むのとは違い、後世に残る名句は歌仙の中からはほぼ生まれません。

最初に「涼し」と詠んだ句を「早し」と変えて、印象的な句となった、推敲してよくなるなら、それを追求するのも優れた俳人、歌人だと思いますし、
最初にパッと思い付いた句が優れている場合もあるでしょう。

俳句の仲間で行う吟行は、風光明媚な場所などを訪ね、その場で感じたことを句にしますが、その後、句会で吟行中の句を披露し合います。
ですが、もちろん吟行で思いついた句を可能な時間で推敲しますし、
句会には詠んだうちの失敗作は捨て、自信のある句を出すでしょう。

それと同じではないですか?
お題を貰い、写真を見て感じたことや、実際海や山に行ってみたり、写真に写った場所について調べたりして、感じたことを句にして、何句か詠む。

それを可能な時間で推敲するし、番組には一番の自信作を出す。
そういうことです。

短歌もそうです。
パッと直感で詠む歌もある。
何にという目的ではなく、自然に湧き上がるものを独り言や、誰かへのラブレターのように詠む歌もある。

一方で、そうして詠んだ歌を推敲してブラッシュアップする。
自分の歌集を出したり、コンクールに出すなら、たくさん詠んだ中から自分のよいと思うものを選ぶでしょう。

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plm********さん

2019/8/1822:35:21

じっくり考えて作ろうが、直感的に作ろうが、
できたものが良ければ、どちらでも良いと思います。

詩的な感興を覚えるのは瞬間ですが、
それにふさわしい表現を見つけるのには
時間がかかることも多いでしょう。
感興が訪れるのを待つ時間も長いかもしれません。

また、秋の空を見れば、毎年同じ感興を覚えるけれど、
それを句にしようとしても陳腐なものにしかならず、
秋を迎えるたびに、どうにか句にできないものかと
思ったりもします。

その場でポンと良い句ができた喜びも、
考えに考えた末に、
ぴったりの表現を見つけられた喜びも、
どちらも俳句の醍醐味で楽しいところだと思います。

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