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アンパンマンは暴力的で幼児に悪影響と言ってテレビなどに文句を言う人は、自分は...

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ID非公開さん

2019/8/1901:35:20

アンパンマンは暴力的で幼児に悪影響と言ってテレビなどに文句を言う人は、自分はその悪影響から育っていて自身をも否定してること気づいてないのでしょうか?

それとも、ただのクレーマーなだけでしょうか?
桃太郎などの童話や戦隊モノ、ドラゴンボールやワンピース、セーラームーン、プリキュアに至るまで子供にもわかりやすい勧善懲悪で、悪いことをするとやっつけられる、悪を懲らしめる正義の味方に僕も私もなりたい。だから、いい子にしようと暴力を推奨する内容ではないことは見てる子供でもわかると思います。
こういう何でもかんでも子供にかこつけて文句を言う輩が、自身のストレス解消や憂さ晴らしなのか知りませんが一番の悪影響のように思いますが、なぜこのような親が出てくるのでしょうか?

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jmj********さん

2019/8/2112:53:15

先日イソップ寓話の本を見ていたら、残念な親の面白い話があったので紹介しようと思います。


ある親が「お前の子供は将来、危険な目にあうだろう」と言われました。
その親は怖くなって、子供を箱に閉じ込めて育てることにしました。
食事を与えるときだけ箱のフタを開け、それ以外は箱のフタを閉めていました。
ある日、食事の時間にフタを開けると、子供が外の景色をながめようとしました。
すると子供の頭にフタのとがった金属部分が衝突し、子供は大ケガをしましたとさ。

(多少元の話にアレンジを加えました。)
(山本光雄訳『イソップ寓話』1991より引用)


イソップ寓話は2000年以上前に作られましたが、こういう残念な親って昔からいたんだなと感じました。

危険なものを全く見せず、教育すらせず、危険を避けるために残念なことをするという点で、この話の親に重なる部分があるのではないでしょうか。
親がヒドいと子供の人生も台無しです。

ベストアンサー以外の回答

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山猫3号さん

2019/8/2510:11:40

何にでも苦情を言わずにはいられない人間や夜中に子供を外に連れ回したり登校拒否はするくせに平日の午前中や昼間から買い物とか一緒に行ったりとかろくな教育はさせず好き勝手する馬鹿親とかがたまにいますよね。
親が子供に小さい頃からそういうことをさせるのは本当によくないと思います。
本当に最近の親は何をやらかすかわからないですよね。

hayabusa8823さん

2019/8/2023:50:26

ただのクレーマーだと思います。
戦闘描写がある漫画、アニメは必ず戦う理由があります。
こういう作品に影響されて暴力を振るうようならハッキリ言ってその子がバカなだけです。
もし危うい考え方をする子ならその子が間違った方向性に行かないように親が教育すれば良いだけでそれもしてないのなら親もバカです。

飛鳥五郎さん

2019/8/2007:47:38

親の責任放棄と思います。
子供が影響受けて人殴っても「こら!」で済まされますが、大人になってから人殴ったら即逮捕です。
真似して悪いことをしていたのならそれがやってはいけないことだと諭すのは親の役目です。
そうすれば、子供はそれがやってはいけないことだと学ぶ事ができるのです。
子供の目と耳を塞いだらよい子になるわけではありません。
子供をいつまでも自分の目の届くところに置いておく事はできませんからいずれは他人と関わり親の知らない情報を仕入れてくるのです。
買い食いだったり万引きだったり喫煙だったり、悪の誘惑はどこにでも転がっています。
その時に必要なのは、自分でそれが悪い事だからやめようと判断できる事です。
幼い頃から目と耳を塞がれ何も学ぶ事が出来なかった
子にその判断ができるでしょうか?
やめようと思う以前にそれが悪い事なのかどうかすらわからないのではないでしょうか。
よい子というのは、何も知らない馬鹿の事を言うのではありません。
悪を知りその誘惑を断ち切れる判断力を備えた子をよい子というのです。
外に出て他人を巻き込むと迷惑がかかります。
むしろ早いうちから積極的にこういう作品に触れさせ「こういうことはホントはやっちゃいけないんだよ」と教えるのは大切な事だと思います。

sai********さん

編集あり2019/8/1910:22:25

私もそれらのアニメを観ていましたが、果たしてそれが全て良い影響だったか?と聞かれるとそうでもないと思います。私は今でもセーラームーンもアンパンマンも好きです。しかし、セーラームーンでは美意識を植え付けられたと思います。もちろん可愛い子だったら観ていて問題ありませんが私は顔面が悪いのでそう感じました。それと子供の頃そういうアニメのごっこ遊びで大人を手加減せずにパンチしたりしませんでしたか?私は親にやっていました。いくら子供でも本気でパンチされたら痛いです。そういうことを言っているのでは?質問者さんがもし、子供とごっこ遊びをした時に強くパンチして来たらどうしますか?私は叱れないのでやんわり注意しますが、それで辞めてくれるいい子ばかりではありません。

pet********さん

2019/8/1904:19:45

私は、アンパンマンに対しても、仮面ライダーとかなんとか戦隊とかの勧善懲悪ヒーローものみたいなのについても、子どもに悪影響などとクレームをつけたいような気持ちにはなりませんが、そういうことを言いたくなる気持ちになる人のことを少し想像することはできてしまいます。その想像は全く見当違いなものかもしれないですが。

と言いますのは、私はかつて、自分が小学校高学年になったばかりの頃のことですが、「クレヨンしんちゃん」のアニメ放送をやめてほしいとテレビ局に嘆願したい気持ちで真剣に悩んでいた経験があるんです。
思い悩んでいただけで何のアクションも起こしはしませんでしたが、かなり真剣に深刻に思い詰めていたことは事実です。

なぜそんな気持ちになっていたかというと、当時私は小学校の集団登校の班長を任されていたのですが、クレヨンしんちゃんのアニメが放映開始され、低学年の子達に大人気になるにつれて、それまでにはなかった苦労と苦痛を強いられるようになったと感じていたからです。
それまでには全く扱いづらさも接しづらさも感じたことのなかった班員の低学年男子の数人が一転、人が変わったようにクレヨンしんちゃんの口調と声色までを真似て、言動も明らかにほとんど常に野原しんのすけ化して、とにかくふざける、何かにつけてちゃかす、ああ言えばこう言うで、とにかく全く統率のとれない状態に激変してしまって、最低限穏便に平安に徒歩数分の道のりを無事登校したいだけであってそれ以上何も望んでいないし求めてもいないのに、そんな最低限のことすらままならない多大なストレスに晒されることになったのは、「クレヨンしんちゃんの影響だ!!!」とその当時の私は自分もクレヨンしんちゃんを観ていたうえで確信したのです。

当然のことですが、私より年少の子でもみんながみんな何らかの、こちらが困惑することになるような類いの影響を受けてあらわにしてきたわけではありません。
そういう風にこちらを困らせるようになった子は一部ではありますが、でも一人二人というごく少数でもありませんでした。

もちろんのことですが、いくらクレヨンしんちゃんの真似で困らされることになったと確信するとはいえ、それがクレヨンしんちゃんという作品のせいだけなことではないのもわかっていました。
作品内容そのものよりも、そこからどんな影響をうけて、それがどう実際の生活態度に具体的にあらわれるかいなかは、その子その子の個人個人の性質や状況こそが素地にあることが何よりであるし、そういう子のそういう行動に困るのならばうまく修正指導していくようにできない年長者(言うまでもなく自分も含めてです)にこそ問題があるとも言えます。
それは頭のある部分ではわかるのですが、突然散々てこずらされ困惑の渦中にまさに気づけばどっぷりいるとなった時には、『こっちも"未熟なので"、冷静によく考え、自分のこともかえりみながら、本来適切である対処法に向き合おうとすることができない』のです。
「クレヨンしんちゃんが悪い!あれさえ無ければこんなことには!!今からでもすぐにあれが無くなればまだしも目につくところにあり続けるうちはきっとどうにもあれに勝てない!!!」と思ってしまったのでしょう。

それはつまり、どう考えても、形だけの先輩であり班長であるだけの私なんかよりクレヨンしんちゃんの方が後輩の子達にとって魅力があり影響力があり、私には指導力も求心力も無い完敗であると、全く自信も無いし、自信がないというのは結局、そもそもちゃんとした責任感と強い思い入れを持って年少の子達に向き合ってきたわけではないし、今さらながらこうなってはいよいよきちんとしなければと思ったところでその気持ちさえホンモノじゃないていたらくだからこそ、矛先をクレヨンしんちゃんに安易に向けてたと思うんです。「あれのせいだ。あれされ無ければ。あれさえ無くなるか変わるかしてくれれば。」と。
そういう意識だから負けるし、まさる影響力およぼせないのだし、そもそもこちらがここぞというときに影響力およぼせないのは自分が指導する力不足というだけでなく形だけの立場には置かれていても、それにふさわしい信頼すら相手から得ることができてない自分。
そんなふうであるのは、相手の問題というより、自分がまったく至らない不誠実な意識でしかなかったことを小さな子に正確に見透かされていただけのことである証明じゃないか、とちゃんと思い至るのは、渦中にいる意識の時ではなく、客観的にふりかえることができる余裕が後々できてからのことでした。


実体験のことで長くなってしまいましたが、ようするに、私が想像するのは、「この作品は悪影響!」と攻撃の矛先を外部からもたらされる何らかの要素に向ける意識に偏った心境になってしまう人というのは、それもすべてではないけど、そのなかの何割かは、「これから悪影響があらわれてくるのでは」と先回りの心配をしているというより、既に実際何か「これはあの作品のこういう場面からの影響ではないか?そうに違いない」と思ってしまうようなできごとがごく身近に起きたか、困惑し悩ましさで神経がキリキリしている最中にでもいて、それを冷静にちゃんと落ち着いてよく考えてみようと思えるわずかな心の余裕すら持てなくなっているような人のパニック状態のときのやたらな悲鳴のようなものかもしれないと思います。
つきつめればそれは八つ当たり、なのだと思うのですが、そうなってしまう心情の時も人によって、状況によっても、ありえるとおもう...と。

少なくとも私は、小5くらいの時に、そういう精神状態で、クレヨンしんちゃんを「クソ有害アニメ!!!」と激しく恨んでいたことがありました。
アンパンマンを悪影響もたらす可能性大の有害内容含むアニメとして非難する人も、実際何かあって精神的余裕を失くし神経過敏の過剰防衛八つ当たり心情に偏ってしまってるとしたら、それはそれで問題がないとは思わないけど、私はかつてのあの時の自分の心情と重ねる部分もあり、全然わからないでもない。

はたまた、冷静に客観的に、まったく他人事の、しかも先回りだけどクレームつけてるとすれば、それもまた、健全でないとまでは簡単に言えると思わないけど、何かしら満たされず穏やかな余裕を持てない心のありようになってしまっている人のせめてものガス抜き法の一つとして(方法として良いとは思えないし、正直他人事として見苦しい聞き苦しいというかある意味痛々しく息がつまるようにも思うけど)、そういう人も世の中には少なからず実際いるものだろうなぁと思います。
そういう人は、何にどんな不満をおぼえクレームをつけて、たとえそれがすぐさま思い通りになったとしても、それでもうその後平穏ということはないのだろうなと思います。
安定した満足感充足感というのは、そういう人はなかなか継続して持つことできないのではと。
そういう人には、声を大にしてぶつけずにいられないほどどうにも気に入らないことがいくらでもどこにでもあって、一つ一つやっつけて解決したとしても、雨後の筍のようにまた次から次へと黙っていられない問題が新たに目についてしまって、不満なく気のやすまる時はあっても一瞬の束の間のことだけで、勝つまで攻撃しても攻撃してもさらに次々と新たな不満をみつけていてもたってもいられなくなってしまうようなことが続くのではないかなぁと、それはとてもしんどいことなのではないかなぁと思います。

しかし、いつも何かに怒り、何かを攻撃しようと、何かと戦おうとすることこそが、生きる気力の源であるというタイプの人もいて、そういう人にとっては、それは生きるうえで自然であり必要なことという感じだろうから、そうじゃない者が「そんなのって不幸せそう」と言っても、無意味だし、単なる価値観の相違、感性の相違、生き方の相違ってことでしかないのかもしれません。

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