ここから本文です

娯楽小説に専念したけれど、実は純文学もいけたんじゃないかと思う作家といえば誰...

mgt********さん

2019/12/1122:01:01

娯楽小説に専念したけれど、実は純文学もいけたんじゃないかと思う作家といえば誰でしょうか。
私が思い浮かんだのは下記です。

松本清張(初期の頃は純文学と呼んでよいのでは)
山田風太郎(随筆を読んで)
団鬼六(人物伝を読んで)

閲覧数:
48
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

2019/12/1204:32:31

至極単純に、かつ事象的に述べさせて頂きます。
芥川賞を取った作家は純文学の素養があろう、直木賞を取った作家はエンターテイナーとしての才能があろう、という事で、

<芥川賞を取ったのに娯楽小説へ舵をきった作家>
五味康祐➡剣豪小説「柳生武芸帳」 新潮文庫上中下
松本清張➡推理小説「点と線」 新潮文庫
菊村到➡推理小説「けものの眠り」 徳間文庫
宇能鴻一郎➡官能小説「むちむちぷりん」 徳間文庫

<直木賞を取ったのに純文学にとどまった作家>
井伏鱒二⇨「黒い雨」 新潮文庫
檀一雄⇨「火宅の人」 新潮文庫上下巻
梅崎春生⇨「幻化」 講談社文庫
和田芳恵⇨「接木の台」「暗い流れ」 集英社文庫

この他にも、双方微妙な作家がいますね。

芥川賞出身だと、そもそも石川達三がそうだし、火野葦平、中山義秀、井上靖も入りそうです。

直木賞出身だと、今日出海、源氏鶏太、水上勉、伊藤桂一、立原正秋、豊田穣あたり、戦争物や現代劇を主戦場とする作家でしょうか。

で、この人たち全員、純文学でいけたと思います。

質問した人からのコメント

2019/12/12 22:26:02

中間小説という言葉があることを考えると、愚問だったかもしれないですね。
芸術か娯楽かは重要な棲み分けだと思うのですが、近年はそういう考え方をしなくなりましたよね。

回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

2019/12/1200:48:11

①真っ先に思い出す作家は「山本周五郎」です。
本人は「僕はこれからは大衆文学だけを書いていく。…」と宣言して、様々な作品を残していきました。事実彼の作品は濡れ場もあり、我々には広く通じる「常識人」ありで、大衆的です。
しかし作風は斬新で、純文学作家から高い評価をされています。いわゆるスーパーマンが登場しないので、純文学作家の素養は抜群です。

②「吉川英治」も入れて良いでしょう。
『剣難女難』『江戸三国志』『神州天馬侠』『三国志』など、娯楽小説で面白い作品は多数あります。しかし『親鸞』や『宮本武蔵』など人間に深い関心や愛情を抱かせる作品もあります。
処女作『親鸞』は発表当時にそれほど評判は高くはありませんでした。しかしもし吉川がそれに気を止めずに更なる純文学作品を目指せば、売れっ子作家にはなれませんでしたが、純文学作家としてそれなりの地位は得たでしょう。

⓷最近は純文学や娯楽小説の境界や定義は曖昧です。いかなる生き方でも真摯であれば、認められます。作家にそれなりの責任があれば、私はご質問文に該当する作家は結構挙がります。
「邱 永漢」「源氏鶏太」「水上勉」「井上靖」らにそういう傾向があります。彼らの作品は一部しか読んでありませんが、純文学でもあり、娯楽小説でもあります。

2019/12/1123:45:30

才のあるかたは、「専念」せずに自由に往還されていたのではないでしょうか。
遠藤周作、北杜夫、倉橋由美子、安部公房、中上健次、などなど。

純文学の登竜門的な賞を受けたのち、エンタメ作品を多々生み出す作家氏は大層多いですし、エンタメ作品で実績を積んでから「書きたいもの」を書かれる作家氏も少なからず。
いかにも「純文学」な作品は、量産できるものではありません。
他方でエンタメ系は、設定を変えて味付けを工夫して大量に生産しても、しゃぶり尽くされて捨てられる。

さまざまな表現方法を知りながら一定の作風に固執するのは、賢明な道とは思われぬのでは?

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる