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末法時代の始め若い頃の法然や親鸞や日蓮がが修行した、天台山帰りの伝教大師が建...

bon********さん

2019/12/1409:09:45

末法時代の始め若い頃の法然や親鸞や日蓮がが修行した、天台山帰りの伝教大師が建立した比叡山の天台思想は法華経が最高の唯一経典とされたのは当たり前で有名な話ですが、

南無妙法蓮華経は末法時代前なので決して明かさなかったが、末法時代に入ったのに日蓮上人のみが、正直題目を布教したのに なぜ法然上人となら地獄に堕ちてもいいと言った親鸞等は逆らって南無阿弥陀仏を布教 後世の信者等は 誤ってインド座像の旗頭の本願寺一向一揆宗から戦国時代の戦乱が始まるということに迄なってしまったんでしょう。比叡山に行く前からここの最高の経典は妙法蓮華経です。と各所に事前通告がなぜなかったんでしょうか?

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ya2君、嘘はいけないね。
「正直捨方便但説無上道」は、二処三会の本門の釈迦の説法それ自体は方便であるから、意図するところが理解できたら捨て、言わんとする所を大事にしなさい、と言う意味だよ。
つまり、手段に固執せず、目的を見失うな、と言うこと。

法華経以外が爾前で方便なのではないよ。
そもそも法華経には阿弥陀如来も出てくるし、他の経典を否定する論拠にはならない。

サンスクリット語原典の邦訳読みなよ。
「方便」は「巧妙な手段」であり、「仮の教え」では無い。
大乗仏教は、比喩と言った例え話により学問未熟な人々に理解を与え、多くを正覚させる教えだから「大乗」と呼ぶのだよ(厳密には釈迦の仏説ではないが)。

だから、経典それ自体が手段、経典の言わんとする意味するところが目的。
本来、文底(観心)とは目的のこと。
君らのは手段それ自体への固執。

もっと言えば、釈迦は「執着を捨てろ」と言っていた。
諸法無我、諸行無常である以上、唯一の真理は存在しないんだよ。

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u2n********さん

2019/12/1901:35:30

先にya2さんの

>「方便は正直に捨てよ」ともあります。論理破綻ですよ。論理破綻が平気で出来るのですね。

では、「方便は正直に捨てよ」とは誰がそう言ったのか?です。その根拠は何か?類するものではどうか?も重要です。日蓮教学原理主義の方なら事実はどうかではなく日蓮聖人が言った事が全てでしょう。

では質問に回答いたします。

まず
>伝教大師が建立した比叡山の天台思想は法華経が最高の唯一経典とされたのは当たり前で有名な話ですが

では、「伝教大師は法華経を最高の経典とした」という事なら異論はありませんが、「伝教大師は法華経を唯一の経典とした」となれば異論があります。
法華一乗のもとに四宗融合するという考え方があります。大師も用いた摩訶止觀には念仏があります。唯一なら念仏は不要です。

>南無妙法蓮華経は末法時代前なので決して明かさなかったが、

これを立証する根拠が無いと思えます。とりあえず日蓮聖人側に立てばそういう解釈かも知れませんが、伝教大師が「末法時代に突入すれば明かせる真理」と判断できる文言・ヒントを残したとは考えにくいです。

次に法然-親鸞の両上聖人と日蓮聖人がたは同時期に存命・活躍した方ではありません。おおまかに言って50年の年月差があり法然上人にいたっては日蓮聖人誕生貞応元年1222年の前、建暦2年1212年にすでに死去しており直接会う事も議論を交わす事も不可能です。

ですので、日蓮聖人が提唱した「末法の法華経」解釈は知りようもありません。法然-親鸞の両上聖人が知っているのは伝教大師の法華経を中心とした天台教学のみです。

>前からここの最高の経典は妙法蓮華経です。と各所に事前通告がなぜなかったんでしょうか?

天台比叡の最高法義は法華経というのは法然-親鸞の両上聖人にしても当然ご存じでしょう。しかし、最高の場所は分かっても誰もがそこへどうすれば到れるか道が無いからその方法論として比叡で禅や念仏が栄えたという事でしょう。

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ya2********さん

2019/12/1621:54:25

youichi5959さん「浄土三部経」は方便と法華経にはっきりと出ていますよ。
「方便は正直に捨てよ」ともあります。論理破綻ですよ。論理破綻が平気で出来るのですね。

「南無妙法蓮華経」が経典にない?
そうですね。方便経にはありません。
法華経陀羅尼品にあります。
また、法師品も指し示します。

経典の意がわからない人にはわからないのではないですか。

親鸞は開き直りの人です。
唯円「念仏に歓喜がわかない」
親鸞「実は俺もだよ」

法華経「心に大歓喜を生じて 自ら当に作仏すべしと知れ」
経典無視が凄すぎる親鸞。

法然「法華経を捨てさせるために選択集を著した」
法華経「法華経誹謗(法華経は捨てよ)は入阿鼻獄」
阿鼻獄へ平気で民衆を導く事ができる法然は凄い。

末法は道理が通りにくいのでしょう。

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youichi5959さん

2019/12/1620:42:51

「南無妙法蓮華経」の七字って、『一切経』の何経に出ているのですか?
あったら、何経の原文でお示しください。

「南無阿弥陀仏」の四字は浄土三部経のいたるところに出ています。

これでハッキリしているでしょ。

「南無阿弥陀仏」は阿弥陀仏の造られた大宇宙の宝です。
すべての人に与えてこの世も未来世も本当の幸福にさせるためにのみ造られた無上宝殊の宝です。

「これ一つを弥陀より受け取れよ」と釈尊は教えられたのです。

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