日本語訳についてですが、訳例1、訳例2、訳例3、どれが一番こなれた役なのでしょう? (訳そのものは間違いないようです?
日本語訳についてですが、訳例1、訳例2、訳例3、どれが一番こなれた役なのでしょう? (訳そのものは間違いないようです? が・・・。) Those days, forty years ago, Seville had not become a prosperous commercial city. It had quiet, white streets, paved with cobbles, with a multitude of churches on the belfries of which storks built their nests. 訳例1:40年前のことだが、その頃セビリアはまだ商業都市としては繁栄していなかった。小石が敷き詰められた静かな白い通りには、無数の教会があり、その鐘楼にはコウノトリが巣を作っていた。 訳例2:40年前のその頃セビリアは繁栄する商業都市にはなっていなかった。小石を敷き詰めた静かな白い通りがあり、コウノトリが鐘楼に巣をつくっているような教会が無数にあった。 訳例3:40年前のことになるが、その頃セビリアはまだ商業都市としての繁栄には至っていなかった。静かで白い通りには小石が敷き詰められいて、そこには多くの教会があり、その鐘楼にはコウノトリが巣を作っていた。 1.訳例1がベター 2.訳例2がベター 3.訳例3がベタ― 4.いずれも同程度 5.いずれも拙訳
英語・176閲覧
ベストアンサー
いずれも同程度かと思われます。というのも,日本語として好感のもてる表現とそうでないものがどれについても混じっているからです。たとえば,訳例1では「商業都市としては繁栄していなかった」がよい表現,「無数の教会」と「小石が敷き詰められた静かな白い通り」が好ましくないものと考えられます(「無数」はオーバー,「多くの」で十分。「小石が~」は修飾部分が長すぎる)。訳例2では「コウノトリが鐘楼に巣を作っている」が好例,「40年前のその頃」や「繁栄する商業都市になっていなかった」と「小石が~」,「無数」が不適です(「40年前のその頃」と「繁栄する商業都市~」は不自然,残り2つは訳例1と同じ理由)。訳例3では「静かで白い通りには小石が~」と「多くの教会があり」,「商業都市としての繁栄には至っていなかった」が好例(ただし最後のものは文章の流れによっては堅苦しいため不適になることもある)で,その一方「その頃」は不要,「そこには多くの~」と「その鐘楼には~」の羅列は不自然という欠点があります。 好例も不適な例もその程度がさほど大きなものではないので,3つとも同じようなレベルの訳文です。欠点を改造してこなれた日本語にすると以下のようになるでしょう。 「40年前,セビリアはまだ商業都市として繁栄していなかった。静かで白っぽい街路は石が敷き詰められていて,教会もたくさんあり,コウノトリがその鐘楼に巣を作っていたものである」 しかしこの訳文でも後半の文が長すぎるため,あえて途中で2つに切ることも可能です。たとえば,「静かで白っぽい街路は石が敷き詰められていて,教会もたくさんあった。そしてコウノトリがその鐘楼に巣を作っていたものである」などとしてもかまわないわけですが,このあたりは好みの問題となるでしょう。 なお,例によってwatashiwa先生が「出典を書かないと,窃盗ですね。何度言えばわかるのか。こんな明白なことがなんで理解できない?」などとおっしゃっていますが,これはよろしくありません。なぜかというと,ご自分も出典を書かずに投稿しているからです。下記リンクには楽譜の写真がありますが,この楽譜の出所がまったく書かれていません。勝手に写真を撮って貼り付けてもいいのでしょうか。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14143956264 また,「中学生や高校生に出典を要求すると,失礼しました,これこれです,これから書くようにします,のように返答が返ってくるものだが」ともお書きですが,上記リンクについて先日問いかけてもまったく「返答が返ってこない」(「返答が来ない」というのが正しい表現)のはどういうわけでしょうか。今回はまさか「返答が返ってくる」んでしょうね。期待していますよ。ところで,watashiwa先生のリンク先には石畳というよりも石を敷き詰めたという方が適切な画像もありますね。こんなリンクを張るのはおやめになった方がいいかと...。 それから,watashiwa先生ご自身の訳文を評価しておきます。まず「当時」は入れなくてもいい字句です。those daysを意識したのでしょう。原文の直訳は「当時,40年前のことだが」のようなもので,今回の場合,同格表現を無理に日本語に反映させる必要はありません。「道には人の行き交いは多くなく」はquietの解釈でしょうが,さすがにやり過ぎです。quietの原義通り「静かな」で十分です。「白っぽかった」は,文末に置くとwhiteの印象が強くなりすぎます。それから「道に沿って多くの教会が立ち並び」は誤訳です。商店が軒を連ねているような印象を与えてしまいます。また「鐘楼塔」も不適切訳で,「鐘楼」で十分です。watashiwa先生の訳文で好適と言えるのは「商業活動の盛んな都市にはなっていなかった」と「コウノトリが巣を作っていた」の2か所です。結論としては,「読みやすさ,意味の正確さ,描写の効果」が優先されているとは言えず,作り込みの度が過ぎています。もう少し自然な流れを感じさせる日本語表現を心がけ,わざとらしい印象を与えないような訳文に仕上げるべきだと思います。
質問者からのお礼コメント
二人の方、回答ありがとうございます!
お礼日時:2020/1/14 3:03