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科学と宗教は対立するものではなく、科学は検証可能な事柄について、宗教は検証が...

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ID非公開さん

2020/1/1523:13:41

科学と宗教は対立するものではなく、科学は検証可能な事柄について、宗教は検証が不可能な事柄について説明するものであるという話を読んだことがあります。私は大変その解釈が腑に落ちたのですが、質問です。今後科

学がますます発展していき全ての事象に対し科学で説明できるようになったら、宗教や迷信は絶滅してしまうでしょうか?

例えばこれまで地球球体説や進化説によって、それまで支配的だった人々の世界観は正しい見方とは言えないということが幾度も証明されてきました。(勿論科学なんて嘘だ敵だ等言う人もいますがここでは科学と宗教を対立するものとする考えは除外します。)先祖供養をしないと災害が起こるとか祈りを捧げると雨が降るとかの信仰や、世界各国にある創造神話なども、時代がくだるにつれてその勢力は衰えていると思います。

将来的に世界の仕組みすべて、さらに現在「神のみぞ知る」とか「幽霊の仕業」とか言われている超常現象すべて、例えばポルターガイストやUFOや血の涙を流すマリア像や犬が自殺する橋などが科学的に、すなわち検証可能な形で説明される日がもし訪れるとするのなら、その日宗教が説明すべき領域は無くなってしまいます。そうすると宗教に残された要素は生き方や生きる意味を説くことですが、世界の仕組みについての言及なしではその教えの根拠は無くなります。こうなった宗教を信じる人はいるのでしょうか?

自然科学が全てを説明できるようになることは永遠に無いとわかった上での質問です。この仮定をのんで考えて頂きたいです。

補足ここでは科学と宗教を対立するものとする考えは除外します

科学の成果を拒否することなく、理解し受け入れた上でなお、宗教を信じる人はいるのかという質問です。科学を信じない人がいつまでも迷信に拘泥するのは明白なので除外しました。

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2020/1/1823:48:41

「科学」に定義がありません。
あるものを「科学」であると主張した場合、では何故それが「科学」の定義であると科学的に言えるのか根拠が示されなくてはなりません。
宗教は「主観」であり、科学は「客観」であると言えるでしょう。
何をもって「客観」であると言えるとするかを決めているのは、個人個人の「主観」でしかない事を否定することは不可能でしょう。共有可能な根拠が示されないのでは、所詮「科学」と名付けただけの「カルト」になってしまいます。
精神医科学などがその良い例。
https://youtu.be/d-iC-R10_Bw

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ベストアンサー以外の回答

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aka********さん

2020/1/1822:41:04

>宗教や迷信は絶滅してしまうでしょうか?

絶滅させなければなりません。

前世も来世も有りません。
神も霊もいません。
人は死ぬと、肉体はカルシウムと二酸化炭素になり、精神は業績や作品やあるいは思い出として残ります。霊魂も英霊もいません。
我々の上に天国は無く、宇宙が有るだけ、我々の下に地獄は無く、地球が有るだけです。
人類の歴史は神が動かしてるのでは有りません。環境、身体条件、技術、産業、経済などの物的条件が、政治、制度、風俗、文化、芸術、思想などの精神的領域に影響を及ぼします。それで産業経済が発達すれば、古い政治制度や宗教や文化は崩れて、新しい政治制度や宗教や文化などが生まれます。こうして人類の歴史は動いてきました。

<多神教>
中国人や日本人など東アジアの諸民族は主に温帯湿潤気候や熱帯雨林気候や熱帯草原気候の中で育ちました。森林は植物も動物も種類が多く、作物も色んな種類が栽培可能、家畜も色んな種類が飼育可能でしたので、自然界のあらゆる事物に霊魂を感じ、多神教を信仰しました。だが、自然災害も多く、豊作か不作かは偶然に左右され、努力はするが結果は神頼みの民族性になりました。牛肉を食うより、牛を使って農作業をする方が得なので、インドなどでは牛肉の料理が禁忌になりました。

<一神教>
西南アジアが砂漠化すると、ユダヤ人などの諸民族は砂漠気候の中で育ちました。季節ごとの寒暖の差、昼と夜の寒暖の差は激しく、道に迷ったり勝手な行動は命取りの厳しい環境でした。それでリーダーには絶対服従の風土となり、人間の生死は神の意志次第と信じ、一神教を信仰しました。民族間の攻防が広まると、勝者の民族の唯一神が他民族に強制されて広まりました。人と豚は共に雑食で、食料の種類が競合し、豚を飼うと却って人の食料が枯渇するので、豚の飼育が、更に豚肉の料理自体が禁忌になりました。

<西洋>
西洋の諸民族は西岸海洋性気候や地中海性気候の中で育ちました。自然界は規則正しく、災害も少なく、初めは多神教を信じましたが、古代ギリシアなどでは世界の秩序を観察し、世界の法則を探ろうとする合理的・科学的精神が育ちました。その後ローマ帝国を初めとして一神教のキリスト教に洗脳されましたが、ルネッサンス以後、合理的・科学的精神が復活し、産業革命を起こしました。

<宗教の行方>
全ての宗教は滅びる運命です。日本では昔は偉い坊さんなどが尊敬されたり、国家神道が権威を奮いましたが、今では宗教の信者やネトウヨは「危ない人」、「付き合いたくない人」です。その点では日本が最も進んだ国だと思います。

◎心霊体験の真実

地球の表面はプレートが押し合ったり引き合ったりしています。
プレートが押し合っている断層帯などでは、何千万年もかかって巨大な陸がぺちゃんこに押し潰されたりしています。陸や岩が潰れると、その成分の分子も潰れ、そこから電子が飛び出しています。その電子の流れがプラズマで、電流と同じ事だから、磁界が発生します。そこでは方位磁石がプルプルと狂ったり、三半規管が敏感な人は部屋に誰か居るような気配を感じたりします。
それで歴史上にも
「弘法大師様がここで奇跡を行った」とか、
「空から聖ミカエルが降りて来て、ここに教会を建てよと言った」
などの伝説が生まれ、断層帯に沿って直線的に宗教的聖地や寺社や教会が分布したりします。
現代でも
「ママ、お部屋に誰かいる。」とか、
「前方にボーッと人影が光っている」とか、
「後部座席に誰か乗っている」とか、
「私には霊が見えるんです」
などと言い出したり、犬や猫が大騒ぎしたりして、心霊スポットになったりします。
三半規管が敏感な人も成長、老化して、三半規管が鈍くなると、「心霊体験」は無くなったりします。

joyさん

2020/1/1817:59:41

こんにちは

科学と宗教は対立するどころではなく、科学が本当の宗教を明らかにするのです
以下にその理由を書きますね
私は科学と宗教の研究を通し、人間には生きる本当の意味があることを知りました。とても大切なことを書きます


なぜ人間は生きているのか、これまで皆が考えてきた疑問です。でも答えは見つけられていません。だからいくら家族や仕事やお金や物で満たされていても何か物足りない感覚があります

もしすべての物 宇宙、銀河、太陽、地球 、生物、そして人間が、すべて偶然に発生したのなら、すべては偶然に存在しているのであり、存在意義は ありません。本当は生きる意味などないのに、家族や社会のために生きる意味を見いだそうとしています。でも私たちすべては偶然発生した"物"なので、たとえ生きる意味を考え出したとしても、本当はそんなものは ありません
すべては無意味です


でも、私はこれまで宇宙や生物に関する研究をしてきましたが、それが偶然に発生することなど100%無理であることを理解しました
その理由を少しだけ挙げます

1.宇宙の仕組み
私達の宇宙は絶妙な物理定数の上に存在しています。4つの物理学的力(重力、電磁気力、強い核力、弱い核力) さらに、陽子と中性子の重さ、光の速度、ヒッグス場の値など、すべての値が超絶妙に調整されているために、宇宙が生まれ、原子が生まれ、星が生まれます。これらの値の1つがほんのわずかでも今と違っていたら、宇宙は存在できません。これらの値がすべて偶然に揃うことは 確率的にゼロです (ポール・デイヴィスという宇宙学者の「幸運な宇宙」という本を検索してください)

2.生物の仕組み
細胞の仕組みは1つの都市に例えられるほど複雑で精巧なものです。なんと自己複製もできるので都市より相当ハイテクです。最も賢い科学者集団でも細胞1つ作ることもできません。さらに細胞はDNAがなければできませんが、このDNAも超ハイテクで、1gで1兆GBの情報を記録できます(マイクロソフト社研究)人類の叡智を結集させた最先端のmicroSDUCでも0.4gで現在最高13万GBほどしか記録できません。超ハイテクなDNAが偶然にできることはありえません (ペンシルバニアのリーハイ大学教授のマイケル・ベーエの「ダーウィンのブラックボックス」という本を検索してください)

緻密な宇宙が偶然に整い、超ハイテクなDNAや細胞がまた偶然に発生し、さらに、愛や正義や神について考える「第2の宇宙」と呼ばれる超複雑な脳を持つ人間が偶然にできる可能性は… 科学を詳しく知らなくても
正常な思考で考えたら
100%ゼロです

以上はほんの2例ですが、宇宙も生物も偶然に偶然が重なって発生したとは言えない理由です。多くの最先端の科学者が進化論を否定しはじめている理由でもあります

では宇宙や生物が偶然に発生したのでないならば、どのように発生したのでしょうか


インテリジェントデザイン論(ID論)、つまり人間の思考能力をはるかに凌ぐ存在(宗教的には神と呼ばれる)によって創造されたという論が一流の学者たちによって世界中で真面目に考慮されています(京都大学名誉教授の渡辺久義氏など)

私も色々な生物の仕組みを調べましたが、本当にハイテクな作りをしています (経済産業省サポートでスタートしたネイチャーテック研究会と東北大学大学院の「すごい!自然のショールーム」というサイトでは自然や生物の精巧な仕組みをわかりやすく載せてます)


では、仮に本当にそのような存在が生物や人間を作ったのであれば、その証拠が自然界以外にもないか。ということで調べたのが宗教です。各宗教には特徴があり、その中でID論 つまり一人の創造者について論じているのは主にユダヤ教 キリスト教 イスラム教で、この3つの宗教に共通して尊重されているのは 聖書です。そこで宗教とばかにせず、客観的に聖書を研究しました


研究で分かった主な点は
聖書には多くの予言が書かれていて、歴史を調べるとそれらの予言が本当に当たってきたということです


日本人は知らない方が多いですが、聖書には多くの予言が書かれています。わかりやすいのはダニエル書にある予言ですが、そこには世界の国々の将来が予告されています。メディアペルシャ帝国、ギリシャ帝国、ローマ帝国、それ以後の世界の列強の動きが予言されています(「聖書ー神の言葉、それとも人間の言葉?」という本の第9章が詳しく解説。https://wol.jw.org/ja にある「書籍」の項の「神の言葉」から無料で読める)

歴史と考古学を調べて分かったのは、ダニエル書に限らず聖書中のすべての予言が、100%実現してきたということです

もし一つの予言でも実現しなかったなら、もうイカサマと分かりますが、聖書の予言は全部当たってきたことが歴史によって証明されています。信じがたいことです

人間では100%当たる予言をするのは不可能です。でも聖書の予言は創造者によって人間に与えられたと 聖書に書かれています

それで聖書予言の完璧な成就は、創造者が存在している証拠、また聖書が創造者からのメッセージである証拠となっていることがわかりました


それでは、聖書には創造者が人間を作った理由、つまり人間の生きる意味が書かれていないか調べてみると、ちゃんと書かれていました

その答えは簡単に言うと
人間は、他の人間と創造者の愛を永遠に楽しむために造られた ということです



どういうことかというと、聖書によると、創造者は愛と正義の神で、人間を造った時、動物のような本能ではなく、思考力(そして生きる意味を考える力)、良心、正義を求め愛を楽しむ能力を付与しました。 子供をもうけ、家族を愛し、他の人を愛し、また愛されることを楽しめるように造られました

それだけでなく、人間は神との関係を育めるようにも造られたとのことです。いつの時代もどの国の人も神を求める気持ちがあるのはそのためです。神は人間が生きる喜びを味わえるように五感を与え、美味しい果物や野菜、感動的な自然や動植物を造り、それらを人間が楽しめるようにして、自分が人間を愛していることを人間が理解できるようにしているとのことです。聖書の使徒14:17に「神は人間に雨や実りの季節を与え、食物と楽しさで人間の心を存分に満たして、ご自分を明らかにしてきた」とあります


聖書によると、創造者は人間の親として私たちをとても愛しています。元々は人間が地上で健康と若さを保ちながら永遠に生きて、他の人との愛や友情を深めていけるように、また良心に沿って生きて満足すること、そして自然や動植物を見て 研究して、毎日驚き、感動し、また芸術や音楽やスポーツなどを究めて楽しめるように、さらに神との友情を永遠に深めていく、これらの目的で造られたとのことです。聖書の伝道の書3:11では『神は宇宙、地球、動植物などを美しく造った。神が造ったそれらのものを人間が知り尽くして飽きたと言えないように。永遠の時を人間に与えた』ということが示されています
(神経学者によると人間は一生の間に脳の潜在記憶容量の1万分の1しか使っていない。何歳になっても死を避けたいと願い、永遠を願う心。これらは永遠に生きるよう造られた名残)


ところが
過去に人間が創造者の定めた法律を捨てた(創造者の支配から独立した)ため、永遠に生きる権利を失ってしまいました

創造者の支配を捨てた結果、本当の善悪の規準を失い、良心を正しく働かすことができなくなりました。その結果、世界は混乱し、不公平で過酷な社会になり、私達はとにかく生きて、病気になり死んでいきます。真の愛と正義を見失った世界で社会も家庭も混沌として多くの人が苦しんでいます


しかし、年代計算できる聖書予言によると、今は終わりの時代です。そしてこう予言されていました「終わりの日には苦難の時代が来る。人々は自分を愛し、金を愛し、…親に敬意を持たず,感謝を抱かず,敬神の念がなく,自然の愛情がありません」

予言によると、間もなく神は混乱した世界を終わらせ、地球と社会に正義と秩序を戻します。とても重要な事ですが、そのために今創造者は全人類に教育を施しています。創造者の言われること(=聖書)を学んで、他の人を愛し、正義を求め、良心に沿って生きる人間に、創造者は地上での永遠の命を楽しむ権利を与えてくれるとのことです

そしてこれまでに亡くなって土に帰った人間は地上に復活(再創造)させられて、教育を受け、創造者に従う人はみな永遠の命を与えられると書かれています

研究から、創造者にはヤハウェもしくはエホバという名前があることも知りました


信じがたいでしょうか、客観的に科学と聖書を調べた結果分かったのは、本当に創造者がいて、あなたを見ていて、とても愛してくれていること、私達に完全な健康と若さを取り戻させ、正義の社会で永遠に生きて、他の人間と愛し愛される生活を楽しませること、そして地球の様々な場所や植物や動物、そして果てしない宇宙についての知識を増やし、永遠に感動し、学問や芸術や音楽やスポーツなどを究めて楽しませること、そして神との友情を永遠に深めてゆくこと、これが神が私達に与えた生きる目的だということです

この動画が簡単に説明しています https://www.jw.org/ja/%E5%87%BA%E7%89%88%E7%89%A9/%E3%83%93%E3%83%8...


これがファンタジーではないことを確かめることができます
https://www.jw.org/ja/%E8%81%96%E6%9B%B8%E3%81%AE%E6%95%99%E3%81%88...


食べて寝て働いて遊んで死ぬ…それが人間の生きる目的ではありません。私を含め多くの人が本当のことを知り感動を覚えています

あなたも本当の生きる意味を見つけてください
必ず大きな感動と生きる喜びを得られるはずです p(^-^)q

yuz********さん

2020/1/1723:07:18

科学とは、既に在るモノを、そうである。と、証明するものでしょ。
宗教とは、既にあるモノを、そうである。と、知るモノです。

証明は、自分自身にだったり、他者にだったりしますが、それがそうであると知った者は、証明を、科学を必要としません。

なので、将来、科学は廃れますが、宗教は共存します。

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tos********さん

2020/1/1721:47:37

科学では四苦八苦は乗り越えられないので、仏法がなくなることはありません。

ふつう科学とは、物事や現象について、その性質・変化・他との関係などを実験を通して、体系化し、応用を考える学問のことです。

この科学の基本となる道理が因果律です。すなわち一定の物事(因)が一定の条件と作用(縁)によって、一定の結果を生ずること、たとえば酸素と水素を一定条件のもとで化合すれば、誰がいつどこで行なっても、かならず水を生ずるようなものです。この普遍的な因果律が「科学的」という言葉の意味だと思います。

さてこの原則をもって現在の多様化した宗団・宗派を見ると、質問のような〝あいまい〟な、しかも一見してインチキとわかるような宗教がたくさんあります。
なかには教祖が発狂状態になったことを、神が宿ったと称して支離滅裂な言葉を神のお告げとして崇めるものや、祭壇に供えた水は霊験があるといって病状を無視して多量の水を飲ませるもの、あるいは煙に触れるだけで無病息災になると説く宗教など、道理にかなった教義がまったくない宗教や迷信としかいいようのない宗教も数多くあります。

このようないかがわしい宗教を別として、文証・理証・現証に照らして正当な宗教についていえば、我々がある事実(宗教)を科学的な眼をもって研究することは大切なことですが、現在の科学的知識で計れないからという理由で、現実の事象を否定したり、〝非科学的〟と決めつけることは、それこそ〝非科学的〟な態度というべきでしょう。

近代の科学は物質文明の中で発達し、多大の貢献をしてきましたが、精神文明ことに人間の心に関してはまったく手つかずの状態です。
にもかかわらず、仏が人間生命の本質と法界の真理を深く観達して説かれた仏法を、人智の集積ともいうべき現代の科学をもって証明しようというのは無理な話です。
それはあたかも、尺とり虫が自分の歩幅と歩数で、空を飛ぶ鳥の飛距離を計ろうとしているのに似ています。

将来、科学が仏法をどこまで証明できるかわかりませんが、人間を生命の根本から蘇生させ、豊かな生命力を涌現させる仏法が、七百年間富士大石寺に厳然と伝えられ、未来永劫にわたって全世界の民衆を救済得道せんと威光をもって照らされている事実を知るべきでありましょう。

天の末子さん

2020/1/1700:04:04

宗教は古代人の科学でした。古代には聖職者が天体観測をして暦を作り、薬草を栽培して医療を行っていたのです。
科学が未発達でしたので、今から見れば間違った医療も行われましたが、ともかく古代には科学と宗教は同じものだったのです。
科学の進歩についていけない落ちこぼれが宗教家として無明の世界に取り残されたのです。
すなわち宗教は糞なのです。

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