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なぜ全面戦争に負けたり、革命が起きたりすると帝政が崩壊するのですか?

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ID非公開さん

2020/5/1819:16:44

なぜ全面戦争に負けたり、革命が起きたりすると帝政が崩壊するのですか?

第一世界大戦のドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマントルコ、ロシア、辛亥革命の中華民国など例を上げると例外なくそうです。
日本みたいに全面戦争に大敗北をしても昭和天皇が居座ったり、天皇制自体がなくなったりしないと言うのはそんなに難しいことなのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2020/5/1820:05:36

そんな法則はありません。日本は残ってるけど国体は崩壊したし、革命で共和国が滅んだ例だって多数あるし、変革があれば体制は変わるのが普通です。革命や戦争を経て何も変わらないんじゃ、一体全体なんのためにそんな苦労するのでしょう。

戦争は相手を倒して自分の意思を突き通すために行います。なぜ自分の意思が突き通せないかというと、君主なり相手国の所有者が拒否しているからです。だから戦争に勝ったら君主や政府を排除して自分の意見を通すのです。

オスマン帝国は第一次世界大戦で崩壊していません。戦後も存続しています。オスマン帝国は世界大戦後に起きた別の内戦で敗戦して帝政が追い出されたのです。だから本来、連合国軍はオスマン帝国を存続させていて、それは日本が敗戦後に天皇と政府を存続させたのと同じです。

解体された国との違いは、倒された後にその君主なり政府が敵国の言いなりになることを良しとするかです。天皇や日本政府、オスマン帝国政府は相手国の言いなりになっていいと認めたので、存続を許されました。なおオスマン帝国の場合、言いなりになっていいと認めたことが国民の怒りにふれ、内戦が起きて倒されてしまいました。日本人は従順だったため、アメリカの言いなりになった天皇と政府に従いましたので存続されています。

逆にフランス革命では戦勝側の市民富裕層の意思を通したので王は当初生かされましたが、逃亡を企てて市民と対立を深めたため、王は処刑されました。

というように、相手の国の意見が通るか次第で残るか廃止か決まります。大抵の場合、君主は相手の言いなりなりたくないし、なったところで今度は国民にそっぽ向かれて無意味になるので、結果的に廃止されます。これは皇帝や王に限らず、どの国の代表政府でも同じです。

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質問した人からのコメント

2020/5/25 19:00:06

りすたりすさんご丁寧な回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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mal********さん

2020/5/1821:42:05

革命が起きると帝政が崩壊するんじゃなくて、おおむね帝政(王政)が崩壊することを革命と呼んでいるんじゃないかと。共産主義革命は別だけど。
中国の王朝交代は全部革命(易姓革命)だし。因果関係が逆。

全面戦争の敗北、というのなら神聖ローマ帝国は三十年戦争に敗北しているし、清はアヘン、アローの両戦争に負けている。両方ともこの敗戦が帝国解体の要因になったことは間違いないが、戦争に負けたから帝政が崩壊したわけじゃない。
七年戦争もオーストリアは負けているし、クリミア戦争はロシアが負けている。……これらは全面戦争じゃない、って話かもしれんが、それをいうと総力戦時代の戦争しか全面戦争って言わなくなるしね。

il_********さん

2020/5/1820:06:02

帝政というのは、言い方を変えれば実力組織による政権です。武力を背景に権力を高めた組織という意味ですね。もっと砕けた言い方をすれば、帝国は「強くてナンボ」なんです。
そのような権力組織が民から支持される為には、当然「強さ」を誇示し続けなきゃいけません。戦えば勝つという安心感と、反乱すれば失敗に終わるという無力感を民に与える事が政権存続のカギです。
※これは現代も同じで、軍事力を見せびらかす国家というのは、その力を見せつけようと躍起になるあまり、大抵は融通性に欠けるものです。…例えるなら、身近なところで、自身が安心感を得たいが為にゴリ押しで通そうとして逆に周囲から反感買う人って、いたりしませんか?(^^;)

で、その帝国が戦争に負けっぱなしだったり反乱に及び腰だったりすると、
「なんだ、この国弱いじゃん(# ゚Д゚)」
と、国内外から舐められてしまいます。『力あっての国のはずなのに力がない』というパラドックスは求心力低下に直結し、存在理由を失うんです。世界史で「帝国」と呼ばれた政治体制のうち多くは、だいたいこんな形で終焉を迎えてます。

日本史だったら、江戸幕府がこれに当たります。盤石の強さを持っていたはずの組織が、幕末時代に外国勢力と対峙した時に無力さを露呈し、追い払うどころか受け入れてしまい、多くの民草が呆れ返って求心力が低下しました。桜田門外の変ではいよいよ幕府の弱体化がさらされる結果となり、そして倒幕運動へ発展したんです。
一方で天皇制(こちらも本来は帝政だった)は、武力がなくても存続しました。すごく不思議な話で、これは世界史の中でもかなり特殊な例だと思って下さい。そしてこれが、日本文化の独自性にも繋がる要素になってるのではと私は思ってます(@@;)

みあさん

2020/5/1819:21:38

一番の理由は、「皇帝専制」があったからだと思います

皇帝が専制政治を行ったことで国民の不満が高まり、さらに戦争に負けたことで爆発して革命に至ったんだと思います

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