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2020/7/31 19:39

1313回答

算数の質問です。

算数の質問です。 かけ算で順序を模範解答の逆にするとバツをつける先生についてどう思いますか?

補足

みかんが8つ入った箱が3つある。つまり8+8+8を8×3と表現するか3×8と表現するかは好みでしかなくどちらかを正解に固定する必然性はないですしそもそも原理的に固定できませんよね?

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きちんと理解していれば、順番も合ってるはずなんです。 答えさえ合ってればいい数学と違って、算数はそうではありません。 そもそも、原理的にって何の話ですか?

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質問者

2020/8/7 16:27

数学でも答えに至るまでの過程は見られます。 原理的にというのは、正しい順序を決められないということです。例えば球体があったとしてどっちが右でどっちが左か決められないですよね。ペンで右とか書き込めば決まりますがこれは恣意的なものでそこが右でなくてはならない必然性はないですよね。

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次の【 】内は、ある小学2年生のクラスでの授業です。 【 みかんが8つ入った箱が3つあるとします。 「3」と「8」、2つの数字がでてきたけど、 少し考えてみてください。 両方とも数字だけど意味が少し違うんです。 最初にでてきた「8」は一つのカタマり、とみることができて、次の「3」は、そのカタマりがなんこあるか、ということを、あらわしていますね。 少し前にみんなやりましたよね、多いものを数えるときに、「10」のカタマりを作って、それが例えば「4こ」あるから40だ、とかと一緒です。 一つのカタマりとしてみる数字と、そのカタマりがなんこあるか、という数字。意味が違うんです。 では、つぎの文で、二つの数字のどちらが一つのカタマりとして考えられるか、どちらがカタマり何個分を表す数字か、考えて見ましょう。 例1.4つの部屋に、8人ずつ子供がいます。 例2.3個のケーキが乗っているお皿が7枚あります。 一つのカタマりとして見られる数字を「かけられる数」、それが何個かを表す数を「かける数」と、呼ぶことにしましょう。 「かけられる数」は、例1では「8」、例2では「3」。 「かける数」は、例1では「4」、例2では「7」ですね。 全部の数を出すときは、 例1だと、8人のカタマりが4つなので、8+8+8+8、 これは、そう、かけ算でいうと8×4となります。 問題にでてくる数字の意味を考えて、次の順番で数字をかいて式を作ってみて下さい。 「かけられる数」×「かける数」。問題文にでてくる順番では無いですからね。 問題1.3人の子供が、飴を4こずつ持っている。 問題2.5枚のカードが入っている袋を2袋買った。 ・・・ 】 この学習内容を確かめるためのテストでしたら、 間違いなく先生は「×」をつけなきゃいけない。 (念のため 親も納得しなくちゃいけないし、 子供にそう指導しなくちゃいけないと思います。) あとは、全ては読んでいなくて、失礼かもしれないけどanonさんに同意するところが多いです。 (以下、詳細・補足 過去の自分の回答のほぼそのままなので、細かいところは本質問に対しては逆に分かりにくいかも) 算数・数学では、 必ずと言っていいほど、大まかに次の2つの流れがあります。 1.問題・文章を数式に直す。 つまり、それぞれの数字が 何を言っているのか(単位等)を確実に把握する。 (読解力) 2.上記でできた数式を計算する。 (計算力) 「8×3」と「3×8」が同じであるというのは、 2の段階です。 感のいい子は九九を習った段階で気付くことですが、 これは、実は、もう少し後になって、 「計算の工夫」等なりで習うところです。 2年生でまず「習うべき」ところは、 文章に出てくる数字がどういう意味をもっているか、 それを把握して式にする1の段階です。 そしてそれを確認でき、子供の混乱が少ない方法が、「かけられる数」×「かける数」というほぼ全ての教科書で共通した暗黙のルール。 質問者のご指摘通り、かけ算の順序がどちらかが絶対的に正しいかは指導要領には明記してないかもしれません。要領にのっているのは「数字の意味を考えさせる」という程度。そりゃ、その理解度の確かめ方までは丁寧に記載されてません。 なお、異なる順序で考える外国文化や、4×100mリレーとか異なる考えかたがあることに留意することは、要領の解説などには書いてあると思います。 レシートに、数量が先に書いてあることなんかは、まさにその用途の場合は、数量が大事だから先なだけで、それをもって、最初のかけ算の教え方の反例に出してしまうのは、いかがかと思ってしまう。 質問者様が、どのような立場で、どのような具体的課題があり、質問されたかわかりません。(anonさんもそれを明確にした方がよいといわれていました、同意します) 子供にとっては、 まだ、上記、1,2の流れなど理解していない段階です。 教科書、先生、親の言うことがバラバラだと 分からなくなり、算数や学校が嫌いになる可能性があります。 (教科書通りでないから「✕」と割り切る方が この学年ならまだまし、 教科書の通り、と教えた方が賢明です。 上級生、中学生以上になれば、 1,2の流れもなんとなく意識でき、 「計算上はどちらでも良いんだ」と気付く、 それでいいと思います。 さらにいえば、2の段階なんて、計算機にやらせればよいのです。 難関、良問と言われる大学入試試験、 社会人になった後の数学的思考などは、1の段階が非常に重要、 そういう段階に初めてふれる学年です、 大事にすべきと思います。 (横道ですが、問題に出てきた数字を 意味も分からず、とりあえず掛けたり割ったりして、 答えと合わないと言っている受験生・学生は多いですよね・・・) 【上記で納得できない方に】 例えば、運転免許を取る試験では、 「普通乗用車の法定速度は60km/h」なので、 ペーパー試験でも、実車試験でも、60km/hを超えたら outになると思います。 実際に免許取得後に流れに乗って走ると法定速度を守る方が危ない、 実際に守られていない規則と知りながら、 教習生も先生も、「60km/hを超えたらout」というでしょう。 それを考えてください。 その場限りのきれいごとについて 「習った通り」にしないとうまくいかない、ということ あるんじゃないでしょうか。 (入試面接・就職試験での模範解答等も類似) 大人の社会でそうなのです。 子供の社会でもそれでもいいと思います。 2年生でのきれいごとは 「(かけられる数)×(かける数)」という順序です。 それを、今、「大人になったから知っている」という考えから、 教科書を否定し、「どちらでも良い」と安易に許容するのは やめた方が良いと思います(ある意味「驕り」) 当然、子供が疑問をもって聞いてきた時に、その子に合ったレベルで、 上記の話ができて、 算数の流れとして、1,2があり、 「最後に計算した結果」はどちらも同じになる、という説明ができれば、また子供が理解できていれば良いと思います。あくまでも、子供から疑問が上がった時だけです。 「いまだけだから」とわりきるか、「実はどっちでもいいんだけどね。」とぶっちゃけるかは、親次第、子次第。 後々、元になる量×割合とか、速さ×時間とか、 更に学年が上になった時に、あの時こだわった順序ってこういうことだったのかな、と、思える時もあるし。 (割合×元になる量とか、時間×速さとか、あまり言いませんよね) 最後にまとめ、繰り返します。 この単元にかぎれば「×」をつけるのが当然。 「計算結果が同じだから、どちらでも良い」 というのは、 算数をある程度理解した大人だから言える驕り、 子供にとっては「?」。 教科書に載っていることを確認する方がまだまし。 以上、非常に長くなってしまいました、すみません、 参考になれば幸いです。

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質問者

2020/8/6 11:32

先ず、大前提として、数式は言葉ではありません。等式が表すのは右辺と左辺が量的に等しいということ。たったこれだけです。 状況→数式 これは人によって違いますし 数式→状況 これは一通りに定まることの有り得ない手続きです。 以上は一般的な話です。一般的というのは例外のない話です。 高校生に物理を教えているとこんなことをいう人がいます。 「運動方程式ma=fは左辺にma、右辺にfを書かないといけない」 どこでそんな可笑しな考え方を身に付けたのか訊くと先生という立場にあってこれを主張する人がいるんだそうです。 「式が状況を表す」これに違和感を感じないのは小学校教育の弊害だと考えています。物理では具体的な数値でなくパラメータを用いて議論をするので、確かに、数式を見て、解釈をすることはあります。数式から状況を復元してみることもあります。例えば、ポテンシャルがこのように書けていればこれは調和振動子と等価だ、など。

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学習を進めて最終的に獲得されるはずの掛け算概念は、 「二項演算で、交換法則を満たし、足し算との間に分配法則を満たし、割り算とは逆の演算であり、同じ数をたくさん加える足し算の省略形であり、長方形の面積を求める演算であり、・・・」 というものです。 初めて掛け算を知る子どもに掛け算概念を学習させるときに、これらすべての特徴を備えた完成された概念としていきなり獲得させるのは困難でしょう。上記の文章を書く際も、最初に「二項演算で」と書いた後に「交換法則を満たし」と続けました。順番を入れ替えて「交換法則を満たす二項演算である」と書くことは可能ですが、「二項演算である」ことと「交換法則を満たす」ということを同時に書くのは無理があります。掛け算概念を学習する際にも、順を追って性質を一つ一つ確認しながら進むのはまあ妥当だと思います。何をどういう順番で教えるかについて唯一の手順しかありえないわけではありませんが、実務上は手順を一つ決めて順に進めることになります。 一つの手順として、まず 「同じものを足す足し算の省略形としての二項演算」 として導入するわけですね。一般の二項演算が交換法則を満たすとは限りませんから、この段階ではまず「3+3+3+3+3」を「3×5と書く」と決めるだけで、交換法則は期待できないものとして扱うわけです。この決め方は確かに恣意的なもので、もちろん「3+3+3+3+3」を「5×3と書く」と決めてもよいです。ただ、どちらかに決めなければ話を進められないので、とりあえず最初は「3×5」の順番にすることが全国の小学校で行われているのですね。あまり学校によって違っても混乱しますから。最初に「3+3+3+3+3」を「3×5と書く」と決めたとすれば、「5×3」と書いたらそれは「5+5+5」を表すことになりますし、最初に「3+3+3+3+3」を「5×3と書く」と決めるのであれば、「5+5+5」が「3×5」と書かれることになります。いずれにしろ、まだ掛け算概念の全容が明らかになっていないこの段階では、「3×5」と「5×3」は別の意味を持つということになります。学習が進んで、掛け算が交換法則を満たすことも確認された暁には、もはや「3×5」と「5×3」は同じもので、どちらで書いてもよいということになるでしょう。 話を学習手順に戻します。「同じものを足す足し算の省略形としての二項演算」としての掛け算に十分なれたら、次に「掛け算は交換法則を満たす」ということを学習するでしょう。掛け算の順序をすぐに自由に操れるようになります。子どもは初めて掛け算を学習するわけですから、交換法則を学ぶ前にまず掛け算の記号に慣れたりするのにいくらか時間をかけて練習する期間が必要です。その練習期間に、この後で学習するはずだった交換法則を先回りしてまぜこぜにしては困るでしょう。掛け算の順序が違うとバツにするというのは、この練習期間だけのことでしょう。(それを過ぎて、3年生以降でもバツをつけるというならよくありませんね。一人ひとりの子どもの学習進度に合わせた指導としてはありかもしれませんが)で、この最初の練習期間は2年生のごく一部の過渡的な時期であるわけで、周りの大人が慌てて割って入らなくても、少し学習が進むのを待っていればいいだろうと思います。子どもさんによっては察しよく交換法則を自分で見出して活用できる子もいるでしょう。そういう子なら、私がここに書いたようなすべてを理解して、例えバツにされても「確かに最初に決めた順番とは違うからバツなんだな。最初に決めた掛け算というものだけでは順番を変えてもいいということは明確でないから、あえて順番を変えるなら、変えてもいいということを証明しておく必要があるわけだ」と理解することができるでしょう(このような語彙はないかもしれませんが、内容は腑に落ちているはずです)。なので、バツはけしからんとそんなに大騒ぎしなくてもよいだろうと思います。 最初の練習期間で逆に書いた子はバツにされて、バツにされた子は「どうしてバツなの?」と訊いてみて、教員が「こういう順番で書くと決めたでしょ」といって「ああそうだった」となるか「でも答えは一緒だ」となるか。「でも答えは一緒だ」という子どもにはさらに考えを訊いてみて、書く順番を決めたということ自体をまるで理解できていないのか、それは理解しているが交換法則を体得しているのかによって指導内容は変わってくるでしょう。まともな教員なら。 もしもその子が、書く順番を決めたということ自体をまるで理解できていないのであれば、将来、x^3 と 3^x が、片や冪関数で片や指数関数であることが区別できずに、(3^x)の微分を x 3^(x-1) などとしてしまうかもしれませんね。

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質問者

2020/8/4 18:34

「この後で学習するはずだった交換法則を先回りしてまぜこぜにして」これは具体的にどういうことでしょう?

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小学校では、過去60年ぐらいまで遡っても、区別する先生は教科書で教材研究する普通の先生です。区別できない先生は知っていることを口から説くだけの先生かもしれません。準備なく説く先生の教室では算数がわからない子供が確実に増大したかもしれません。 8x3はみかん8つの箱が3箱分に対する立式です。その式はたし算とみた場合には8+8+8で、これを同数累加と呼びます。同数累加はかけ算の式の答えをたし算という計算で得る方法です。ただし、そこでは一箱当たりがいずれも8個という言葉(単位当たり量としてのかけ算の意味)が抜け落ちる余地があります。実際、たし算では同じ数ばかりを足すことは希有な例です。かけ算の意味と式を前提にしてのみ同数累加は引き出せます。ですので同数累加はかけ算の意味をたし算で表した式とみることもできます。ただし数学的にはかけ算は二項演算ですから、同数累加は積を求める際のたし算による便法ではあつても、かけ算の式ではありません。 3x8はみかん3個の箱が8箱分ですから3+3+3+3+3+3+3+3で、3x8と8x3はみかん箱としては、そして同数累加の式としても異なる事象です。 もちろん交換法則を教えていれば値は同じです。値が同じという意味での交換法則は九九を暗記した後で最後に学びます。その間、授業時数で30時間ぐらい各段の九九構成の授業があります。そこでは、みかん○個分の箱が◇箱分というような日常に対する立式では、式の順序は区別され続けます。実際、区別しないと3の段と8の段を区別して九九を構成することができません。交換法則を念頭に区別しない九九は半九九と呼びます。半九九はそろばんを使うことを念頭に暗記によつて学びました。 特に量の理論を展開する水道方式では、単位当たり量を内包量と呼び加法性のないことを問題とします。時速8kmの自転車3台を足せるハズがないと言うのです。そのため同数累加を扱わずに九九構成を進めます。 と考えるので、日常事象に対応する、事象から立式するという原理において3x8とら8x3は区別する必要があります。 算数の場合、計算としてのかけ算の交換法則は2年生から登場し、割り算の意味の説明の必要から、少なくとも3年生まではかけ算の式には被乗数、乗数には順序があることを真と見ます。交換法則は登場しているので逆にしたら誤りとするという主張ではありません。 立式としてはバツに不思議はありません。実際、引き算の立式で3-2となるところを2-3とすればバツでしよう。立式で2x3を3x2と書けば「〜と値は同じ」とでも追記しない限りはバツないしは△です。 バツにした教師の評価基準には、子供からみて何を真とすべきかを教えたと言う自覚があります。実際、この段階で順序を気にしておかないと割り算の意味がわからないので、それはそのように考えるべき立式であるからです。 是非、3年生の教科書で、割り算の意味記述、立式をどうぞお調べ下さい。割り算の意味が割ることと除することの二通りあること、その区別がかけ算の乗数、被乗数の具体(日常)における区別から説明できることがわかります。その区別がその後の学年でも残ります。 ネット上での議論の多くは、自分が知っている数のかけ算(式)は、かけ算の(日常における立式の)意味の説明と同じであるはずと同一視することに起因します。日常で使う四則計算は、数の計算でありながら、日常から立式するための意味、値を日常に戻す際の量を考える必要があります。日常における割り算の意味で、数計算としてのかけ算と割り算が逆算であることを、日常の意味に照らして話題になる。その際、かけ算の式の順序の区別は必然です。 順序はないと考える方は、しばしば数の計算を代数学上の体として説明される場合もあります。体はたし算とかけ算しか念頭にしません。体では、たし算の単位元は0でその逆元としての引き算、かけ算の単位元は1でその逆元としての割り算として導出されるため四則計算ではなく、実は二則計算であると考えることになります。 中学校一年の正負の数では、加減で表した式を、マイナスを符号とみて、全てたし算の式で表せることを学びます。その内容を代数和と呼びます。そのあたりから、四則計算を二則計算から構成する代数が教育上、話題になります。中学校と小学校の、この内容の相違から、そして3年のかけ算と割り算の関係から小学校では6年まで、順序を気にされる先生は多数派です。 もちろん体としての扱いは真で、交換法則からかけ算には順序はないというのは数の計算としては真です。他方で、学習指導の系統でから見れば、かけ算の式の順序しか疑問にできないの。そこしか相違に気づけないの? と言う話しともなります。その疑問こそが子供にとっての学習課題です。そのおかしさに気づくことこそ学習内容です。 例えば、小学校では、大きな数から小さな数を引き、小さな数から大きな数を引くことはできないわけです。正負の数を学ぶ際に、小学校では許されなかった小さな数から大きな数を引くことを学びます。 このように後から考え方を改める指導系統が偽とするならば、偽としないように小学校から正負の数を指導しなければならなくなります。それはいつから始めるかと言えば、引き算を学ぶ小学校一年生からとなります。正負の数を一年生から指導せよと言えばそこだけしか話題にしないおかしさにも気づくことでしょう。 指導系統において、後から考え方を改める必要は、その段階以前ではそのように考える必要がないからです。特に小学校では、日常における意味とのつながりを大切にすればするほど、立式に際してのかけ算の式に順序があることは式の意味の説明において必要となります。 是非、小学校から高等学校の教科書をご覧になり、後から考えを改める内容をご指摘下さい。かけ算の式の順序だけではなく、このような考え方を改めることの学習が沢山あることに気づきます。 数学II数学IIIの微分積分などでも類似の話題はあります。例えば、分母0は困るとしてその数にはならずただひたすら近づく、代入できないといいながら、その後に、代入してもよいと教えています。おかしいと思わないのは、その意味を考え言葉使いの区別をしているからです。 大人がこの話題を不思議に思うのは、算数数学の知識は手続き化されることで技能として定着されるためです。母親が高校で学んだことばかりを記憶し、小学生の頃にどう学んだかを忘れた結果です。大人の知識を知らない小学生はどうやって自ら考えを改める挑戦をするかを考えます。小学校から高等学校まで何度も何度も学び直しているのですが、それ自体を記憶できる方は極々少数です。 大学数学では、それは法則ではなく形式としての公理とみなされ、もしも交換法則が成り立たないとすれば別の体系となるなどと、楽しく議論する対象となります。それこそが数学でしょう。 大学数学でも、成り立たないとすることは議論の対象とするわけで、高校までの数学ではそれが学習指導の順序の意味での系統に現れ、それが自分は知っているハズと信ずる母親が気付けたかけ算の場合で、話題になるただそれだけのことです。 議論することも子供が学ぶ内容で、友達どうしでする議論や論理思考、考え方が楽しいからこそ、小学生は国語、社会、理科より算数好きの子供が多い統計がよく知られています。中学校では学力差が顕著となり内容も抽象的で議論が出来なくなり、数学好きは議論できる生徒に限定されていきます。

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質問者

2020/8/4 5:21

文科省の公式見解では正しい順序というのは存在しないというのはご存知でしょうか?学習指導要領には正しい順序という概念は登場しません。