御巣鷹山の日航123便に関する目撃証言を調べましたがこれらは事実と考えられますか???

御巣鷹山の日航123便に関する目撃証言を調べましたがこれらは事実と考えられますか??? 伊豆大島で超低空旋回をしていた。 奥多摩上空を飛行中の機体の腹の部分にオレンジ色の物体が突き刺さっていた。 墜落前の日航機を戦闘機が二機追尾していた。 墜落の夜、御巣鷹の尾根の上を一晩中ヘリが旋回していた。

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この事件、事故はオレンジだらけですよ。 やっぱり機関士はオレンジエアと云っているわけで、何度聴いてもそうです。 目撃証言にもあるようにオレンジの物体が貼りついています。 戦闘機二機は元自衛官が観て部署に電話を入れたがつながらないので職場に急行したのでした。もちろん小学生もみています。 超低空飛行はタクシーの運転手二人の証言で確実に目視したと思われます。 日の長い夏の夕刻なので目撃者は結構いますが、証言はほとんど一致しています。 青山さんの本もありますが、噓なら自衛隊からの反論や、極論云えば法廷闘争になりかねませんが、皆無視している。おかしな話です。 圧力隔壁の破損でなんで垂直尾翼が飛んでしまうのか分かりません。 また真空タンクがありますが、飛行機の隔壁より遥かに弱いです。 高圧タンクもそうでクラックなんか多くあります。そんなポロイもんでも爆発なんかしません。検査官は「老朽化もええところやな」と云ってましたが事故なんて起こるはずもない。

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ヘリも飛んでましたね。生存者の一人の乗務員さんは、これで助かると思い手を振られた。生存者のうめき声もあった。 米国のヘリは到着したが、梯子を下ろすところで帰還命令がきた。 「なんだって?もう一度云ってくれ」 これが現場の声。 現場近くにいたMさんはバイクで入山して、翌朝四時頃現場についた。既に自衛隊員も着いていてものを拾い収拾していた。当然ヘリはホバリングしていました。谷からうめき声が聞こえ、早く助けてあげて、というが、下手に動かすと危ない、後の部隊がするとのこと。 まあ一晩中旋回していた、ということでしょう。 少女も一回目のフェリの音で目を覚まし、そのあと気絶した。 そしてまたフェリが来て目を覚ました、との話でした。 落ちた地点も地元住民や消防団員も分かっていて、通報したけれど援護はなかったようです。

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奥多摩町に住んでいますが、身内が当時の事を知っているので聞いたことがありますが、大きな音と共に山すれすれを燃えながら飛んでいったと言っていますよ

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123便事故に関しての事実は、ヘリが旋回していたという話だけ。入間基地に近い方が、所属の違うヘリが何機も集まり、交代で行き来しています。救難ヘリが、どこの基地から入間に集められ活動したことは、公式記録にあります。

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事実であることは、最後の「墜落の夜、御巣鷹の尾根の上を一晩中ヘリが旋回していた」だけですね。 これも四六時中飛んでいたわけではなく、燃料補給などの都合でいなくなっていた時間があったことも解っていますが。 他は全て事実とは考えられません。 ただ、噂の出所がハッキリしているものもあります。 「奥多摩上空を飛行中の機体の腹の部分にオレンジ色の物体が突き刺さっていた」については、奥多摩町で撮影された事故機の写真に原因があると考えられます。この写真は事故機のいわゆる「腹」の部分にある「下部衝突防止灯」(赤いフラッシュライト)が光った瞬間に撮影されていますが、この写真に写っていた灯火の光を「オレンジ色の物体」と勘違いした人が流布した噂と考えられます。

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1985年8月12日に発生した日航123便墜落事故について、複数の目撃証言から、2機の小型機が、日航機を追尾していたのは、事実だと思います。 また、事故直後に、現場は特定され、現場上空に、自衛隊機は到達していましたが、現場に自衛隊員が降下したのは、翌朝9時前だったということも事実だと思います。

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何れにしてもーー真実が知りたいですーー

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