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2020/9/9 22:16

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イエスはなぜ処刑されたのですか?

イエスはなぜ処刑されたのですか?

世界史 | 宗教107閲覧

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ローマでは十字架による処刑は国家反逆罪にのみ適応される処刑方ですから、イエスは革命運動でもしてローマに睨まれ処刑されたのでしょう! イエス殺しの罪をユダヤ人に擦りつけている新約聖書の内容は全く歴史的根拠のないものであるばかりで無くて、ユダヤ人迫害の根源となったものなのだから信じてはならないと思いまさ。 ローマに媚びへつらう為にイエス殺しの罪をユダヤ人に擦り付けて歴史を湾曲しているからです。 福音書ではおおむね、ピラトを「イエスに同情的だったが、ユダヤ人の圧力に負けて、やむをえず死刑にした」と描きます。 だが、歴史的記録では、聖書の記述とは反対にピラトは非常に残酷な人物でした。 ピラトの時代、パレスチナは非常に混乱していて、フィロンの語るところによれば総督は「汚職体質、暴力、窃盗、強盗、権力の乱用、しばしば裁判なしの囚人の処刑、限りない残忍さ」(ガイウス302)で特徴づけられるようです。 この様に聖書の記事はローマに媚ています。 なので、イエスはローマからの独立を唱え処刑されたのでしょうねー それではローマでの布教に都合が悪いので事実を湾曲したのだと思われます。 その根拠は十字架による処刑は国家反逆罪にのみ適応された刑罰だという歴史的事実です。 キリスト教会と関係の深い聖書学者ー御用学者は認めませんが、歴史の研究者はイエスがローマからの独立を唱える革命家もしくはテロリストであったのではないかという説が繰り返し出てきます。 歴史研究家からは革命家のイエス像がたびたび提唱されてきます。 イギリスの宗教史研究者S. G. F.ブランドン(英語版)(S. G. F. Brandon)は1967年に"Jesus and the Zealots , A study of the political Factor in Premitive Christianity "(邦題『イエスとゼーロータイ — 原始キリスト教における政治的要素に関する研究』)を著しています。 歴史家 土井正興は『イエス・キリスト — その歴史的追究』(三一書房、1966年)を著している。専修大学教授 土井のイエス像は、当時、不浄なものとして差別され、虐げられていた「アム・ハ・アレツ」(「地の民」)と共に立ち、かれらを宗教的に救済しようとするいっぽうで、ゼーロータイ的な政治革命への志向性をも有し、その両者を統合しようとするが、有効な革命理論の定立と行動の組織化に破綻を来したため、イエスはみずからの運動に挫折した、というものである。 ●「レザー アスラン 宗教史研究者 カリフォルニア大学リバーサイド校創作学教授。 救世主(キリスト)としてのイエスは実在しなかった。いたのは、暴力で秩序転覆を図った革命家(ゼロット)としてのイエスだった。 歴史上のイエスは革命家というかテロリストで、それを継いだ初期の教団設立者がキリストに仕立て上げていった イエスの職業は、大工もしくは建設労働者を意味する『テクトーン』だったという。これが事実だとすると、イエスは職人、もしくは日雇労働者だったわけで、 1世紀のパレスチナの無学者の中では、貧窮者、物乞い、奴隷よりいくらかましな最下層階級に属していたのではないかと思われる。 ●ジョエル・カーマイケル 、イエスはみずから「ユダヤ人の王」としてローマの支配体制に抵抗し、最終的には武力革命の興起を試みた結果、当時のアンチローマ・ラディカリストである「ゼーロータイ」(熱心党)の1人として、ローマ帝国の派遣したユダヤ総督によって磔刑に処せられた、という解釈を施している 聖書が書かれたとき、ユダヤ教とキリスト教は激しく対立し、相互に憎悪がありました。 なので、聖書がイエス殺しの罪をユダヤ人としているのを鵜呑みにしてはならないと思います。 このユダヤ民族を思わせる名前からして、作為の匂いがします。 このユダヤ民族を思わせる名前のユダはキリスト教社会では反ユダヤ主義、ユダヤ人迫害の象徴のような存在でした。 イエス物語のクライマックスで劇的な場面が、何故7つの真正パウロ書に名が出て来ないのでしょう。罪にうるさいパウロが一言も触れていない。 十二使徒も、12子宮や、イスラエル十二部族からつくられたものでしょうし、 ユダはその中でもイエスに最も近いというのもそれほど見当違いではないでしょう 。 しかし、こうした神学的要素は逆に福音書のイデオロギー性を強調するもので、実在性を疑わせます。 ユダの人つまり当時のイスラエル民族を象徴した人物ということにもなる.いかにも神学的です。 福音書の「その部分=イエスの処刑」が書かれた目的は「客観的真実の表明」ではなく「イエスの極刑への弁明」と「ローマへの気使い・媚びへつらい」であるとすれば、逆にローマ帝国への反逆にあたる何かがあったのかもしれません。 キリスト教徒はユダヤ教と対立していましたから、ローマでの布教のためイエス殺しの罪をユダヤ人に擦り付けたのでしょう。 キリスト教団はイエス殺しの罪を、ローマに媚びへつらうため、ユダヤ人に擦りつけ、冤罪で2000年の間苦しめてきた罪は、福音作者と、それを無批判に信じて反ユダヤ主義を増長させたキリスト教徒にあります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 福音書の記事は信憑性がありません。 福音書ではおおむね、ピラトを「イエスに同情的だったが、ユダヤ人の圧力に負けて、やむをえず死刑にした」と描きます。 だが、聖書の記述とは反対にピラトは非常に残酷な人物でした。 ピラトの時代、パレスチナは非常に混乱していて、フィロンの語るところによれば総督は「汚職体質、暴力、窃盗、強盗、権力の乱用、しばしば裁判なしの囚人の処刑、限りない残忍さ」(ガイウス302)で特徴づけられるようです。 ヨセフスによっても、「ピラトは聖書に書かれた人物とは真逆な性格で相当に冷酷で残忍な人物だったようです。{ヨセフスの『ユダヤ古代誌』18巻} フィロンに言わせれば「彼は融通のきかない性格で、とても頑固なばかりか無慈悲でもあった」〔フィロン「ガイウスへの弁明書」38章301節〕 そして、十字架刑はローマへの反逆者に用いられる処刑法です。 ーーーーーーーーーーーー イエスは反逆者としてローマによって処刑されたのでしょう。 しかし、それではローマ布教に都合がよくなかったのでしょう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 聖書はユダヤ人にイエス殺しの罪を擦り付け、ローマの権力には従属した記事が多い。 ユダヤ人に対し聖書は悪魔から生まれたと言っている。 ヨハネの福音8章 44節」 あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、 その父の欲望どおりを行おうと思っている。 彼は初めから、人殺しであって、 真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。 彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。 彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。 マタイによる福音書27:25 「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」 ーーーーーーーーーーーーーーーーー ローマ帝国の権威への媚 ローマ書 13:1 人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によら ... 神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。2したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。●王や貴族にはこびへつらい 第一ペテロ書2/13~17 主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。 それが、統治者としての皇帝であろうと、 あるいは、悪を行う者を処罰し、善を行う者をほめるために、 皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい。

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イエスは2000年前の古代ローマ帝国で処刑された。それはローマ帝国の治世に‘都合がわるい人物’だと判定されたからだ。そこは法治国家ではない。為政者は生殺与奪の権限を持っており、三権分立も無いから、気分次第でいくらでも死刑にした。 皇帝カリギュラなど闘技場で出し物に飽きたら、急遽、観客を闘技場に落として猛獣と‘闘わせ’た。ネロが大火災のあとキリスト教徒のせいにして大虐殺したのも、気分次第で出来たこと。 イエスは無名の庶民だから、そんな者をいちいち裁く理由など、どーでもいー。理由があろうが理不尽だろうが、死刑になった者は数知れない。いちいち記録などない。 それが福音書というイエス伝に詳しく死刑になる経緯が書かれたのは、パウロというイエスを見たことのない男が、イエスの死の意味を全く捏造して神に仕立てあげ、パウロ自身が教祖に収まるという野心を実行したからだ。

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神から見た時の観点か、イエスを捕らえた側からの観点かで変わってきます。 神から見れば十字架にかかることは救いの計画のうちですから一言で言えば「救いのため」ですし、そうとも知らない捕らえた側からすれば一言で言えば「気に食わないから」です。 どっち目線の話なのか指定してくだされば細かくお教えします。両方というのも、もちろん可能です。

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直接的な原因は聖書にも書かれているように、当時の ユダヤの統治者であるエルサレム神殿権威を冒涜し ユダヤ人の神ヤホベを冒涜した為とされます。 知能程度のお粗末なキリスト教徒は、殆ど聖書を読んで いない為、エルサレム神殿権威に批判的だった人たちが でっち上げたナザレ村のイエスについての物語から、 「イエスは救い主だ」と言いますが、まったく根拠が ありません。 残念ながら、聖書の読めるキリスト教徒は殆どいない様だが マタイ福音書26/64~ イエスは言われた。「それは、あなたが言ったことです。 しかし、わたしは言っておく。 あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、 天の雲に乗って来るのを見る。」 そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。 「神を冒瀆した。これでもまだ証人が必要だろうか。 諸君は今、冒瀆の言葉を聞いた。 どう思うか。」人々は、「死刑にすべきだ」と答えた。

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イエスは、ローマ帝国の権威の下で、ローマ帝国の法律によって、 ローマ帝国への反逆者として、ピラトによって処刑されました。 イエスが、ローマ法の下でローマ帝国の力で政治犯として ピラトによって殺された、ことは間違いないと思います。 それにも関わらず、福音書の特徴は、 ローマ帝国の責任をできるだけ軽し、 ユダヤ人の責任をできるだけ重くすることに、 異常なほどの努力をしています。 福音書を読めば、イエスを死に追いやった張本人は、 ユダヤ人の宗教指導者たちであったように書かれていますが、 ファリサイ派や祭司長などのユダヤ人の宗教指導者たちに対する 福音書記者たちの敵対意識は、彼らが福音書を書いた当時の キリスト教団とユダヤ教との間の軋轢を反映している 可能性が大きいので、そのままイエス自身の死に関する史実として 受け取るわけにはいきません。 民衆に対する大きな影響が争乱を引き起こしはしないかと恐れ、 実際に反乱が起こって窮地に陥るかもしれないと考え、 引き起こされるかも知れない反乱に先手をうって、 彼を殺す方が上策であると考え、処刑された、 のではないかと思っています。 実際、総督ピラトの前で、 イエスは彼が「ユダヤ人の王」であると自称していることで 非難されている(マタイ27:11)、 罪状書きには「ユダヤ人の王」と書いてあった(マルコ15:26) と記録されているからです。 イエスの受難物語に関する各福音書や他の文献を、 歴史的に書かれた順番に読んで行くと、 イエス殺害の責任が、しだいに、ピラトに代表される ローマ帝国の支配者から、ユダヤ人へ移行して行きます。 福音書が書かれた少し後に書かれたキリスト教の文献には、 ピラトは実はイエスをキリストとして心の中で信じていた、 とさえ記録されています。 したがって、福音書にあるイエスの受難物語には、 イエスが殺された時代の事情ではなく、 イエスが殺されて何十年も経ったあと、 イエスの受難物語が書かれた時代の事情が反映されている、 と考えられるのです。 つまり、それらが書かれた当時の教団が、 ユダヤ人宗教指導者に対しては敵対意識を、 ローマ帝国に対しては友好的意識を持っていた、 ことが、そこに反映されていると考えられるのです。

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