孫権の強みといえば何ですか?劉備とも曹操とも異なる、はたまた孫堅や孫策とも異なる、孫権の強みといえば何ですか?

孫権の強みといえば何ですか?劉備とも曹操とも異なる、はたまた孫堅や孫策とも異なる、孫権の強みといえば何ですか?

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劉備や曹操との最大の違いは、世代でしょう。一つ下の世代で、しかも長生きだったのは大きなアドバンテージになったと思います。 劉備や曹操は、戦乱時代に突入した頃にはすでに成人しており、創業者としてリーダーシップを発揮する立場でしたから、よくも悪くも部下を牽引するリーダーでした。 孫権は兄の孫策の急死で急遽後を継ぐことになったわけで、当時はまだ20歳にもなってません。リーダーとしての準備も何もないところからのスタートです。 彼の忍耐力はそうした自信のなさの裏返しだったんじゃないかと思います。 若く、本来リーダーになることのなかった人だからこそ、先代からの重臣の意見を尊重できたのでしょう。 孫堅や孫策との違いは、これも一つは寿命ですが、もう一つは、逆説的ですが、戦が下手だったこと、じゃないかと思います。 戦が下手だったからこそ、部下に任せることができた。若くして後を継いだために、自分で組織を引っ張っていくタイプになれなかったというのもありますが、最初から、部下に仕事を任せるというスタイルを持てたというのは大きいでしょう。 孫権は曹操ら自分で何でもする前時代のリーダーと、曹叡以降の皇帝的な、臣下に仕事を任せて自らは君臨するタイプのリーダーのちょうど中間にいるんだと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございました。

お礼日時:9/20 17:47

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忍耐力でしょうか。 もちろん先天的に身についたわけではなく 後天的なものだと思います。 情勢的に常に魏の脅威があり 地勢的には中央から離れた未開の地で、インテリ臭も少なく異民族も多く イデオロギー的にも確固たるものを出せない中でモチベーションを保つのは難儀な事だったと思います。 劉備や曹操のように自分の強烈なリーダーシップで成功体験を積んだというわけでもなく… もちろん蜀の方が立場的にはきついわけですが、漢を継承、再興するというイデオロギーがあった分、モチベーションはあったのではないかと思います。

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sadさんも書いていますが、中央の覇権争いに加わらない部分は強みでしょうね。孫堅は漢の忠臣、そして孫策も献帝を奪おうと計画していました。そう言う意味では彼らは曹操や劉備と同様、漢に縛られていた、とも言える。 孫権は魯粛の意見があったから、ではないだろうがその辺りが随分自由に、漢に縛られない行動を取っている。だから時に魏に付いたり蜀に付いたり、とこだわりが無い。自由闊達さが孫権の強みでしょうね。

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外交戦略の柔軟性…かな 漢王朝の権威を盾に動いた曹操、漢王朝復興を旗印にした劉備と違って、第三勢力として柔軟に立ち回りましたので。 基本は劉備と手を組み曹操と対立しましたが、曹操戦が不利だと判断すれば劉備を狙う…と柔軟性(節操の無さ)があります。またそれを悟られないように動く立ち回りも見事。 最初は劉備陣営に散々してやられていただけに、このあたりしたたかになった印象ですね。 また、中央の覇権争いにとらわれない視点も特徴的です。魏蜀の争いをよそに南方統治に精を出したり、夷州や亶州といった、まだ見ぬフロンティアの開拓に精を出したり、北方の公孫淵と仲良くなろうとして大失敗したり(?)してます。 あくまで袁術の部下として動くことが多かった父や兄と比べても、このあたりはかなりフリーダムで、独自の視点から柔軟な立ち回りをしていますね。

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江南の地は気候が温暖で水も豊富なため農業生産が極めて高いことと、父の孫堅や兄の孫策のころからの頼りになる人材が豊富だったことです。 また華北、華中の地と違って漢末からの戦乱による土地の荒廃が比較的少なかったことでしょう。 要するに孫権は地の利がありました。 だから孫堅は守勢に徹すれば南部の傑として君臨できたのです。

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