『十八史略』より「即墨の大夫と阿の大夫」の一節について質問があります。 本文の、斉国の王が即墨の大夫を召して、褒めた台詞の中に、 「東方」という言葉が出てきます。

『十八史略』より「即墨の大夫と阿の大夫」の一節について質問があります。 本文の、斉国の王が即墨の大夫を召して、褒めた台詞の中に、 「東方」という言葉が出てきます。 この「東方」とは「敵国」を表しているのは分かっているのですが、 具体的にはどの国を表しているのでしょうか? というのも、戦国時代、斉は燕と楚に南北を挟まれており、 即墨において南北の敵国に関してはどうだったのだろう(南北にあるのに「東方」と呼ぶのはおかしいので)、と疑問を持ったからです。 自論では、この当時は合従策を取っていたのではないか、というものですが、 学校の先生に訊くと、その時代よりは前だろう、ということでした。 「即墨の大夫と阿の大夫」はいつの時代の出来事なのか、 また、「東方」とはどの国を指すのか、教えていただけると幸いです。

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ベストアンサー

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まず即墨の記事は、威王の九年に当たります。 戦国時代の始まりを、晋が分割されたBC453として、それから6年目に当たります。BC459頃。 齊威王元年,三晉因齊喪來伐我靈丘。威王三年,三晉滅晉後而分其地。(BC453年)威王初即位以來,不治,委政卿大夫,九年之閒,諸侯并伐,國人不治。威王召即墨大夫而語之曰:「自子之居即墨也,毀言日至。然吾使人視即墨,田野辟,民人給,官無留事,東方以寧。是子不事吾左右以求譽也。」 蘇秦は、齊威王卒して九年後に、燕に初見とあります。合従策が提唱されるより、以前の記事となります。 東方以寧:これは、我が国の東方は安寧であるの意味。他国を指すのではありません。 資料を読む目を持っていることに、感心させられました。期待します。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

非常にご丁寧な解説、まことにありがとうございます。 「東方」は自国の東側の領土のことだったんですね。 合従策についても明瞭な説明、かたじけなく存じます。 回答者様の薫陶と期待を胸に、これからの漢文の教養に生かして行きたいと思います。 本当にありがとうございました。

お礼日時:9/13 22:16