1962年 米ソはキューバ危機をきっかけとして、ホットラインが設置されたり、偶発的な戦争を防ぐなど、◻️政策に乗り出していった。 選択肢 巻き返し ニューディール 平和共存 ニューフロンテ

1962年 米ソはキューバ危機をきっかけとして、ホットラインが設置されたり、偶発的な戦争を防ぐなど、◻️政策に乗り出していった。 選択肢 巻き返し ニューディール 平和共存 ニューフロンテ ィア とあるのですが、巻き返し ニューフロンティアを入れて×もらったので【平和共存】だと思うのですが。 自分は平和共存を目指してたけど、キューバ危機によって世界中に緊張感走ったみたいなイメージで捉えていたのですが、違いますか?

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>平和共存を目指してたけど、キューバ危機によって世界中に緊張感走ったみたいなイメージ いよいよ米ソの核戦争か?、と世界が恐怖したのは事実ですが、第二次大戦後からの共産主義陣営と資本主義陣営との激しい対立が背景にあります。 その10年前から朝鮮戦争、ハンガリー動乱、スエズ紛争、インドシナ戦争、アフリカの独立運動、アジアや中南米各地での紛争、世界のこういった大きな事件には、ことごとく両陣営の手が及んでいました。 第二次大戦後、共産主義陣営は、自らを資本主義の発展形であると全世界を統一すると呼号する一方、米欧を主とした資本主義陣営はNATO他の軍事同盟を形成して自由を守ると対抗していました。日本をはじめアジア、アフリカ諸国はその狭間にある草刈り場でした。 米英とソ連は、核兵器を大量に生産し、その性能確認のため大気圏で爆発実験を繰り返し、いざという対決に備え核爆弾を貯蔵し、爆撃機・ミサイル、潜水艦群を整備していました。 これを米ソ冷戦期というのですが、広島原爆の何千倍の威力を持つ水素爆弾まで多数整備され、いつでも使えるぞ、とお互いにけん制していた時代です。 後には地下実験に移行しますが、こういった威力のある爆弾を、中央アジアや南太平洋の離島の屋外で実際に爆発させて、世界中に放射能をまき知らしていたのです。 核を積んだミサイルを空中で破壊する兵器もそれぞれで開発されていましたが、「メガトン級の水爆が一発でも撃たれたらそれで世界は終わる」と 先進諸国の人々は怯えながら日々生活していたのです。核の退避壕などで救える人は少数です。 人工衛星を打ち上げるロケットはいつでも核ミサイルに転用できるものです。 この他に、より精密に標的を狙える中距離ミサイルが開発され、米軍はNATO加盟のトルコにも配置され、モスクワなどソ連主要部を撃つべく体制になっていました。 おりしも、腐敗したバチスタ大統領を農民軍の手で倒したカストロのキューバがソ連に援助を仰ぎ、そこにソ連が中距離ミサイルを運び込もうとして起きたのがキューバ危機です。 ケネディ米大統領は、ミサイルを積んだ輸送船の写真を示し、軍事力をちらつかせてソ連に撤退を迫るTVフイルムが流れると、世界はパニックに陥りました。フルシチョフ首相が譲歩したことで事態は落ち着きましたが・・・。 こんな状況だったから、国連のハマーショルド事務総長(スエーデン)の仲介もあり米ソの首脳部は、会談をして お互いの存在を認めることから、対話が始まります。 平和共存は、米ソ国民だけの願いではなく、世界が要求したのです。 その後もベトナム、チエコ、中東など世界で、局地戦争は起きますが、「核戦争にはならない」という安心があり、米ソ両国も財政に肥大化を避けて軍縮の必要を覚えて、兵器の制限交渉を始めたので、「平和共存」という表現であらわされる状況が生まれます。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

詳しく書いて下さりありがとうございます!とても分かりやすかったです。

お礼日時:9/21 14:54