江戸時代までは石油、石炭などの化石燃料はほとんど使用されておらず、

江戸時代までは石油、石炭などの化石燃料はほとんど使用されておらず、 エネルギー源といえばほぼ100%人力と薪だったという話を聞いたのですが本当ですか。 教えてください。

日本史 | 石油、天然ガス68閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

1人が共感しています

ベストアンサー

1

概ね本当です。 江戸時代までの動力源はそのほとんどが人力、畜力、獣力で僅かに水力、風力がありました。 また燃料はそのほとんどが枯れ木、枯れ草で僅かに太陽熱、地熱も利用されていました。 したがってそれらのエネルギー源の大本は言うまでも無く過去数十年以内に地球に届いた太陽光なので近代に入り化石燃料の大量消費が始まるまでは百年以上前に地球に到達した太陽エネルギーはほとんど利用していなかったことになります。

1人がナイス!しています

勿論地熱は除きます。 (地熱の大本は言うまでも無く50億年ほど前に解放された地球の重力エネルギー+50~60億年前に存在した恒星が超新星爆発で放出したエネルギー)

その他の回答(8件)

0

そうですね。<江戸時代までは石油、石炭などの化石燃料はほとんど使用されておらず>の部分はその通りです。 わずかながら、江戸時代でも『石油』、『石炭』は利用されていたようですが『産業』にはならず、産地で僅かな人が『利用』していただけのようです。 それ以外の『燃料』は薪や炭です。炭は『鉄』を作るために必要でしたから、かなり作られたようです。 また、灯明として『植物油』が使われています。 自然エネルギーとしては『水車』が広く使われています。

0

馬力とか牛力とかもあったぞ。戦前まではどこの農村でも馬と牛が農作業用に飼われていた。馬も牛も農村から消えてしまうのは戦後に耕運機が普及してからだ。 また、武家の急ぎの知らせは早馬便だ。一般庶民は人力の飛脚便。 移動は歩きか人力の駕籠または騎馬。荷物も人力か馬車か船便。船は手漕ぎか帆船。 夜の明かりは植物油(菜種油とか)や動物油(クジラの脂肪とか)や、それらから作られるろうそく。釜戸の火は薪や木炭。掘りごたつなどの部屋暖房には木炭。火の元は火打石ともぐさなどを使った。 また亜炭が取れる地方では燃料用に採掘され利用されたらすいが、本格的に亜炭利用が広まるのは明治以降だ。 水車による水力も製粉など一部産業に利用された。

0

> 江戸時代までは石油、石炭などの ● 行灯 http://iroha-japan.net/iroha/B03_life/06_andon.html ------------------------------------------------------ (ろ) 室内の灯のパイオニア 江戸時代以前にも、油に火をともして照明として 使用することはありましたが、 火が消えないように紙を貼ったのは江戸時代からです。 油を多く含んだ菜種油からの搾油のための搾め木〔しめぎ〕が 発明されたことにより、荏胡麻油〔えごまあぶら〕に変わって 菜種油が主な灯火用の油となり、行灯は普及しました。 (以下略) ------------------------------------------------------ ● 江戸時代の照明は豆電球くらいの明るさ https://edo-g.com/blog/2016/02/shomei.html ------------------------------------------------------ ・ 胡麻油 ・ えごま油 ・ 菜種油 ・ 綿実油 鰯(いわし)。 鯨(くじら)。 ------------------------------------------------------ 江戸時代までの液体燃料としては、【 植物油と動物油 】が主流だったようです。【 行灯(あんどん) 】などの、本格的な照明器具としての普及は、江戸時代からだったようです。 > 化石燃料はほとんど使用されておらず ● 炭の歴史 http://www.gsj-tanseikan.co.jp/charcoal/history/index.html ------------------------------------------------------ 弥生時代 弥生時代後期になると、鉄製の農機具などを加工するための 熱源として炭が使われるようになりました。 (以下略) ------------------------------------------------------ ● 日本の炭鉱の歴史 http://www.jcoal.or.jp/worldheritage/03/05/ ------------------------------------------------------ 2. 江戸時代の状況 17世紀後半には,石炭は筑前・長門地区等で、 薪の代替として家庭用燃料など自家消費を主たる目的として 利用されていた事が報告されています。産業用に石炭が 使用され始めたのは18世紀初頭になってからで、 瀬戸内地方で製塩業者向けに販路を見出すと 大きく発展を遂げました。 (以下略) ------------------------------------------------------ ● 石油 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%B2%B9 ------------------------------------------------------ 歴史(略) 19世紀 米国では、1855年、アメリカ先住民が薬用にしていた 黒色の油を精製したところ 鯨油よりも照明に適していることが分かり 油田開発がスタートした。 (以下略) ------------------------------------------------------ ● bing 日本の油田 //www.bing.com/search?q=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%B2%B9%E7%94%B0 【 石炭 】の場合、江戸時代も中期になると【 日本の一部で薪の代わり 】として使われていたそうです。【 石油 】の場合、アメリカでも開発が始まったのが【 江戸時代後期 】であり、 日本に限っては、【 大規模油田 】 自体がほとんど見つからない状況でした。 > エネルギー源といえばほぼ100%人力と ● 水車 - Wikipedia //ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%BB%8A ------------------------------------------------------ 日本での歴史(略) 日本では『日本書紀』において 推古18年(610年)高句麗から来た僧曇徴(どんちょう)が、 碾磑(てんがい)という水車で動く臼を造ったといわれ、 平安時代の天長6年(829年)良峯安世が諸国に 灌漑用水車を作らせたとある。鎌倉時代の『徒然草』には 宇治川沿いの住民が水車を造る話がある。 (以下略) ------------------------------------------------------ ● 鎌倉時代の畿内に登場した牛馬耕、草木灰、刈敷は //detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13212503138?__ysp=54mb6aas6ICV ------------------------------------------------------ sto********さん(略) 牛馬耕はすでに5・6世紀には始まっており、 中世前期の鎌倉期には畿内ではかなり広まっていた事が、 法然上人絵伝などによっても確認されています。 つまり広がったのは、鎌倉時代であり 登場したという表現が正しくないということでしょうか。 (以下略) ------------------------------------------------------ ● bing 牛馬耕 //www.bing.com/search?q=%E7%89%9B%E9%A6%AC%E8%80%95 > 薪だったという話を聞いたのですが ・ 弥生後期の、紀元後辺りから → 木炭の使用、 ・ 弥生後期の、600年頃から → 水車の使用、 ・ 鎌倉時代は、1185年から → 牛馬耕の始まり、 ・ 江戸時代は、1603年から → 行灯(あんどん)の普及、 ・ 江戸中期の、1700年辺り → 石炭の使用、 ・ 江戸後期の、1855年辺り → 米国での油田開発、 ・ 明治時代は、1868年から、 > 本当ですか 固形燃料に関しては、【 薪 】が江戸時代までの主流の燃料だったのでしょう。意外なことに、【 木炭 】は弥生後期から既に使われていたそうです。 液体燃料に関しては、【 植物油や動物油 】が既に江戸時代までに使われていたらしく、農耕用の動力源としては、【 牛や馬の働き 】が、鎌倉時代から使われていたそうです。

0

新潟の油田で取れるアスファイルトは、新潟から三内丸山古墳に輸出されていました。日本国内で最も古い石油製品取引です。 矢じりの固定、隙間を塞ぐのにつかわれていました。 江戸時代は、油田からでるガスを使った風呂屋がありました。