大本営発表でなるべく真実を発表していたらどうなったでしょうか?

大本営発表でなるべく真実を発表していたらどうなったでしょうか? 太平洋戦時、終始、日本が大本営発表で概ね真実と思われることを発表するよう心掛けていたら、戦争の行方はどう変わったでしょうか?

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下手すると太平洋戦争自体防げたんじゃないですかね? 戦前の対米交渉のころから大本営発表で真実を捻じ曲げてますし… アメリカから提示された外交文書すら捏造しましたからね。 (ハルノート‐「試案、拘束力無し」と言う部分が勝手に削除された)

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その他の回答(6件)

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戦時中は、どこの国も不都合なことは発表しません。味方の兵力や損害、作戦計画を発表していたら、敵は大喜びですよ。そんなバカな国はどこにもありません。意図的にウソの発表するのも当たり前、それが戦争です。

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概ね正しく発表してますが… サイパン陥落も昭和19年7月19日に南雲提督以下総員壮烈なる戦死って発表しているし、大和は戦艦が撃沈されたと発表しています 沖縄の司令官が戦死した事も東京、名古屋、大阪空襲も発表していますよ

は? 常に滅茶苦茶ですが。ミッドウェーでは空母4隻喪失、1隻撃沈でしたが、2隻撃沈、1隻撃沈と勝敗をあべこべにして発表しました。ミッドウェー以後、日本軍の発表は常にこんな感じで、出鱈目になっていきます。あなたみたいなうそつきは、他の方に有害な影響を与えますから、もうコメントしなくていいですよ。恥を知って下さい。

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おおむね変わらないでしょう。 まず大本営発表の誇大戦果の多くは、意図的に嘘をついたと言うよりも前線からの報告が誇大だったからです。 これは日本だけで無く世界共通です。 たとえばラバウルでの航空戦で発表された日本の戦果は8倍、アメリカは6倍の水増しでしたが、どちらも別に嘘をついたつもりはなく、パイロット達の報告がそんな数字だったのです。 次に戦時中の発表が「日本が勝ったばかりだった」というのは後世の創作です。 実際に大本営発表でもアッツ島から沖縄まで「守備隊総員壮烈なる戦死」という表現で日本軍の全滅を繰り返し報じており、最前線で敗北続きなのは当時の日本人にも常識でした。 また大本営発表以外の報道でも最前線の苦境や敗北は繰り返し報じられています。 たとえば以下は昭和18年に陸軍の報道班員が実際に報道したものです。 「さらに補給の問題がある。これはすでに十分新聞には書かれているが、全く想像のほかである。実際いま考えても涙が出るが、大体あの間で、一番兵士が余計食った日が、一日僅か一合で、それが三日と続いていない。三勺、四勺という日が何日も続いた。それはまだいい方で、何日も食わずにやっているという部隊が沢山ある。そして本当に草を食っている」 「糧秣は四十キロかもっと遠くの方で揚げる。その間のたった一本の道は毎日雨が降るので泥濘膝を浸し、人一人が通っても飛行機が襲いかかる。飛行機が遊覧バスにでも乗った格好で椰子よりも低く飛んで横から薙いでいく行く。砲弾は絶えずやって来る。軍艦からも撃って来る。その一本の道を伝わって一日として欠かさず物を運んでいる。その運ぶ兵隊というものは、さっき申したような栄養状態で、ほとんど全部が発熱で、骨と皮の幽霊みたいな兵隊が、危険の中を、任務だというので一日として欠かさず通っておる」 陸軍報道班員手記 ガダルカナルの血戦より引用。 このように最前線では日本軍が飢餓と疫病に苦しみ、連合軍に圧倒されている事はおおむね国民にも正確に伝わっていたのです。 たとえば30年前のバブル期でも「こんな土地取引をやっていたら破綻するぞ」という警鐘を鳴らす人間は少なくありませんでしたが、大部分はそれを聞き入れませんでした。 渦中にいる人間が危機を認識出来ない事はさして珍しい話ではないのです。

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ミッドウェー以降、海戦の戦果は常に滅茶苦茶で、特に陸軍の判断に与えた影響は深刻でしたし、昭和東南海地震さえ殆ど報じませんでした。大震災だったにもかかわらず。たまに真実を伝えることがあったにせよ、概して被害を過小に、戦果を過大に伝えたのは否定のしようがありません。

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隠蔽は日本人の専売特許なので、軍が馬鹿正直に凄惨な前線の状況や悲観的な見積もりを公表すると、民間から返って訝しがる声が上がったのではないか? そもそも日本人が慎重で博愛精神に満ちた国民なら、武家社会など発生しなかったろうし、共和制への移行時に『征韓論』?などの帝国主義に舵を切るなども無かったことであろう。その時点で時制が働く。 おい韓国や中国が共和制に移行して国力を集中させる前に軍隊を送り込んで植民地にしちゃおうぜ、そうすりゃ無償の労働力と資源で日本は一等国だ!、お前頭いいな!うわははは! そんなもんでしょ日本人は