レイテ沖海戦時の栗田艦隊の戦艦(大和、武蔵、長門、金剛、榛名)は黒塗りの甲板だったのでしょうか?もしくは大和と武蔵だけ?いろいろ説ありますが、詳しい解説よろしくお願いします!!モデル作りの参考にしたい

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いろいろ含めて「難しい話」でもあります。 まず「甲板」ですが、そもそも「大和型」以外の戦艦は、ほぼ甲板全体に「木材」を貼っていますが、「大和型」は艦首、艦尾の双方にかなり広い「貼らない」エリアがあるのはご存知ですよね。 さらに、貼ってある「木材」が従来艦は「チーク材」ですが、「大和型」と少なくとも「長門」は「ヒノキ」を貼っていますので、「日焼け」した色がかなり「明るいグレー」、温泉で、露天風呂のヒノキの日焼けを見るとかなり白いですが、チークに比べても白っぽいようです。 そのせいか、『戦艦大和全記録」によると、「大和」は10月18日に「錆止めと防腐剤」を塗布して「黒色」となり、「武蔵」も10月20日~22日の「ブルネイ停泊中」に「艦全体をねずみ色に、甲板を黒色に塗った」とあります。 ちなみに、この「ねずみ色」も、要するに「軍艦色」なのかなあ?と思われ、特殊な色ではないんじゃあないでしょうか。 そもそも「軍艦色」は4鎮守府によってかなり色味が違うことが知られているくらいですが、「大和型」は「改修」のため「呉」に入ることも多く、さらに戦争が始まると黒色塗料の不足を茶や青で補うので「シルバーグレー」という少し明るい色に変化するし、結果的に「どの色である」と断定するのは難しいところもあります。 ただ、もしかすると、この直後、10月24日に「第一戦隊」=「大和」「武蔵」「長門」を偵察して米軍機がこれを「戦艦2重巡1」と報告していますが、これは「大きさ」だけではなく、「甲板の色」が、「黒っぽい2艦」=「戦艦」で、「黄色っぽい1艦」=「黄土色のリノリウム貼り」=「重巡」と認識されたのかなあ?とか思ったりします。 それとも、「レイテでの甲板黒塗装」は妙に有名で「記録」とかでも取り上げられるんですが、写真で見ると「大和」は「坊の岬」でも「黒塗装」しているみたいで、その10日前の写真を見ると「甲板は白い」ようだから、「出撃のたびに黒く塗る」可能性もあるかもしれませんが、この時は黒く塗った「記録」が『全記録』にもありません(さらに言うと、「黒塗りした模型」も見た事がない)。 そっから見ると、「他艦」が塗っているとしても、これらの記録からはわからないことになります。 自分なりに調べて、納得するしかない気もします。

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武蔵は被害担当艦として、猪口艦長の命令により喫水より上をすべてライトグレーに塗ったようです。甲板もです。敵機をなるべく自分に引き付けて大和以下他の艦への攻撃を減らす為にです。武蔵以外の戦艦が甲板が黒に塗られたとの証言があるにはありますが、大和以外はそういう証言がはっきりしません。甲板色を塗装したあと、ウェザリングで黒く汚せばいいんでは無いですかね。

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戦艦の木甲板を黒く塗ったと云う証言は有りますが それが全戦艦に適用された資料は無いのでお好みで宜しいと思います 少なくとも武蔵は黒色であった様ですが