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2020/10/22 15:29

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ムーミンの作者、トーヴェ・ヤンソン氏はスウェーデン系フィンランド人であり、スウェーデン語でムーミンを書いたそうですが、フィンランド語を話すことはできたのでしょうか?

ムーミンの作者、トーヴェ・ヤンソン氏はスウェーデン系フィンランド人であり、スウェーデン語でムーミンを書いたそうですが、フィンランド語を話すことはできたのでしょうか?

小説 | 読書27閲覧

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出来ましたよ。それは彼女の母国語がスウェーデン語で生まれた家庭でもスウェーデン語が話されていたわけですから、流暢というわけではないですが、そこそこにフィンランド語を話せましたよ。なにせ長くヘルシンキに住んで、人生の後半を一緒に過ごしたトゥーリッキ・ピエティラはフィンランド人で、彼女との生活ではフィンランドがはなされていましたから。 証拠というとなんですが、以下のリンクはこのトゥーリッキとの岩礁での生活のビデオが収められていますが、ナレーションが終わる8分後あたりから二人の会話を聞くことができます。これはフィンランド国営放送のフィルムですのでもしかしたら日本国内で見ようとするとSTOPがかかるかも知れませんが、一応貼っておきます。 https://yle.fi/aihe/artikkeli/2014/07/01/tove-jansson-kertoo-elamastaan-omin-sanoin

その他の回答(1件)

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『芸術新潮』2009年、トーヴェ・ヤンソンの特集より。 フィンランドには公用語がふたつ。 *現在人口の95%が使うフィン語=フィンランド語。 *少数派のスウェーデン語 彫刻家の父親はスウェーデン語を使うスウェーデン語系のフィンランド人、 挿絵画家の母親はスウェーデン人であり、ヤンソン一家はフィンランドに おいてスウェーデン語を話す、言語的少数派。 小さなころから、話すのも、お話しを書くのもスウェーデン語でした。 多数派のフィンランド語がわからなくても支障がなかったのは、 フィンランドがかつてスウェーデンを宗主国としていたため。 政治、経済、文化、あらゆる面でスウェーデン語の発言力が大きかった から。 ヤンソンが10~30代にはスェーデン語の排斥運動が起こり、深刻な闘争が くり広げられましたが、現在は平和な共存関係。 フィンランドではかつてはムーミンに興味がなかったと言う人も少なくない。トーヴェ・ヤンソン研究にいたっては、母国フィンランドより スウェーデンのほうが盛んなくらい。 特集を読んだ限りにおいては、フィンランド語を話しり、書いたりした という言葉は見つかりませんでした。