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2020/10/24 16:35

66回答

麒麟がくるで、京都でも指折りの実力者である松永久秀がなぜ斎藤道三や織田信長を「斎藤様」「織田様」と様付けで呼ぶのですか?

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田舎大名だろうが、成り上がり者だろうが、それぞれ国主になったから、それなりの官位と官職を幕府を介して与えられます。 身分では上です。

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将軍 ⇓ 守護(管領) 摂津守護:細川氏綱⇒摂津守護代:三好長慶⇒土豪:松永久秀 美濃守護:土岐頼芸⇒美濃守護代:斎藤道三 尾張守護:斯波義銀⇒尾張守護代:織田信長 斉藤道三、織田信長は国主(守護)代理。松永久秀はその守護代の家臣 斉藤道三の元の名は松波庄五郎。 油問屋の奈良屋又兵衛の娘をめとった庄五郎は、油商人となり山崎屋を称した。 その後、武士になりたいと思った庄五郎は美濃常在寺の日護房改め日運を頼み、美濃守護土岐氏小守護代の長井長弘家臣となることに成功した。庄五郎は、長井氏家臣西村氏の家名をついで西村勘九郎正利を称した。 勘九郎はその武芸と才覚で次第に頭角を現し、土岐守護の次男である土岐頼芸の信頼を得るに至った。その後、主の長井長弘を不行跡のかどで殺害し、長井氏を乗っ取り長井新九郎規秀を名乗った。 天文7年(1538年)に美濃守護代の斎藤利良が病死すると、今度はその斉藤氏の名跡を継いで斎藤新九郎利政と名乗った。

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道三や信長は田舎者であっても「大名」で「一国の主」です。 対する松永久秀は、大名・三好家の「重臣」に過ぎず、 大名と1家臣では格が違い過ぎます。 とんでもなく格上の相手に「様」を付けない事など敵でもない限り あり得ませんし、久秀は教養人なので、無礼な事はしないでしょうね。

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質問者

2020/10/24 18:45

少し質問が分かりにくかったかもしれませんが、要はどちらが格上なのかを知りたかったのです。 それに対する分かりやすいお答えを頂きましてありがとうございました。

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そんなに不思議になりますか? 例えば質問者さんも他人に語りかける時「○○さん」と「さん 付け」で言うでしょう。 昔は「さん」という言葉がなかったのですから、「○○様」か「○○殿」になるしかありません。 「とうさん」「かあさん」だって「とう様」「かあ様」で、歳とれば「じい様」「ばあ様」です。

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信長については足利義昭という神輿を担いできたわけですから、必然的に神輿を担ぐ人にも頭を下げるということかと。摂津もまた神輿を担ぐ人には一応頭下げておくかという感じかと。

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