津波に流されると、わかっている場所に、 なぜ、家を新築しましたか。 なぜ、逃げませんでしたか。

哲学、倫理 | 地震97閲覧

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津波の基準が三陸とチリの津波だから 大学の資料室に有る様な古文書レベルの津波は経験有りません、と言うかその当時住んでいた人がどれくらい居たかです 今回は知りうる津波の倍以上でした 経験した津波の時に設置した新たな避難所代わりの寺や神社にも到達しました 以前の津波が到達してない場所には規制は掛かりません 漁村等のどうしても水辺に住む必要が有る人達は小さな津波でも避難行動は徹底してます 実際に現地に住んで居なかった人は事後のデータを元に何でも言えますよ だったら東日本の事例を元にトラフで被害想定が出ている地域に未だに住み続けるのはなぜかと言う疑問が先では まあ実際は移転なんて出来ませんけどね

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記憶があやふやになってしまうからでしょうか?喉元過ぎると熱くなくなるからでしょうか? 津波が来ないと思うからでしょうね。何時かは必ず津波が来ると思います。 人間は、とても浅はかなものだと思います。何時の時代でも、そうやって悲劇が繰り返されています。 沖縄なども、津波で全滅した村がありましたが、又、村ができているようです。寄せては返す波と同じなのかも知れません。悲劇も津波も。

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宅地は、占有して管理しなければ、 他人に占拠されます。 継続して管理するために、家屋を建てます。 津波の被害に遭えば、補助金も出ますので、 元の土地に家を建てるのが、安上がりです。 新しい土地に、地権を継承できるように、 国が企画して、斡旋すれば良いのですが、 明治以後、4度も流されたように、 同じ事を繰り返すしか、できません。 5度目も、必ずあります。 住民は、そのことを知っていますが、 取込み中に、不意打ちを食らうと、 死ぬようです。 住民は、引き波や第二波のことも、 ほぼ全員が知っていました。 けっして、知らなかったということは、 ありません。 地震のマグニチュードと、津波の大きさは、 直結しません。 山崩れによる津波も、 江戸時代の有明海では、起こっています。 海底の揺れ方に、 その場所の海水の形の固有振動数が一致して、 共振しなければ、津波になりません。 風呂のお湯を揺らしたり、 ブランコを漕いだりするのと、同じです。 闇雲に身体を動かしても、 ブランコを漕げないように、 手を支点にして、腰と膝の曲げ伸ばしを、 ブランコの固有振動数に、一致させます。 ブランコを漕ぐように揺れなければ、 大きな地震があっても、津波になりません。 震源の移動が必要と、思われます。

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名取市閖上(ゆりあげ)は、名取川河口の、 土砂が平坦に溜まった土地か、 それとも、埋め立て地なのかが、 わからないような、海抜0m地帯でした。 2011年に、9mの津波に浸かり、流されました。 原爆の跡のように、見渡す限りの瓦礫の荒野を、 4mの高さに嵩上げして、 2019年に、町びらきの式典を、挙行しました。 なんで4mですか。 10mでなければ、危険では? いえ、防潮堤が5mあります。 以前のように区画整理して、 再び住宅団地を作りました。 町を復興しなければ、全域が海底同然です。 所有する宅地が消滅して、資産ゼロになります。 なんとしてでも、宅地を売りたい。 大変な投資を、決断したのですから、 商売繁盛でなければ、帳尻が合いません。 邪魔をしないでください。 若い衆は、閖上の生まれ育ちです。 ふるさとを失えば、生涯の心の傷になります。 商売繁盛は嘘で、本当は、精神を大切にしたい。 知恵袋哲学倫理カテゴリーの、 精神の人になりたい。 ベトナム帰還兵と同じです。 PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)。 東日本大震災の復興が、 心的外傷後ストレス障害の症状でないかと、 言われています。 原因は、自然災害でなく、 高い確率で津波襲来が予想された土地に、 無謀にも町を作った自責の念を、 どうしようもできません。 町を復興して、再び居住すれば、 心を癒やせるかも知れないと思うのは、 精神疾患です。 名取市が後援しています。 そもそも、海抜0m地帯に、 新しく住宅団地を作らなければ、 自治体として存続できない政策は、あほでした。 仙台東部道路よりも海側は、 全部、東日本大震災の浸水地域です。 あほ地域、あほ政策であった、という自責の念を、 いまも、どうしようも出来ません。

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チリ津波の時は低地の借家住まいで 山畑を管理する為に家を建てていましたが 完成直後だったので家財道具を全部運びました。 当時だとリヤカーですが運んでいる途中に 「あんなの来るわけない頭おかしいのと違う」などと言われ 大きな笑い声が聞こえました。 そうしてその夜、津波が来ました。 古い家ですので畳が高い位置ですがもう10cmで浸かる所で 気が付き飛び起きました。 家具は引っ越していますので畳を上げるだけで完了。 夜が明けて表に出ると近所は畳も家財道具も浸かって泣いて いましたが我が家の者は「ざまあみろ」は決して口に しませんでした。